あなたが語って、私が聴くからものがたり-1
虫の羽音がどんどん大きくなるようにノイズがざわわと寄せる。声が入っているのはわかるけれど、何を言っているかもわからない。
ちょうどテレビの砂嵐が晴れていくみたいにめまいがかった視界が鮮明に、でもどこか薄ぼけたように創られていく。
日がさす縁側に、あなたは座っている。グレーの和服を着て、うつむいて考えごとをしている。畳をふりかえらずに背中をまるめて、照りつける太陽にうとうとしながら。
玄関から声がして、あなたは重そうに見えた頭をひょいとあげて応える。ほっぺが少し赤らんで。
やがて、あなたの隣に女の子が腰かけた。白いワンピースに腕の肌色があなたの目を奪う。女の子のほっぺもりんごみたいに染まっている。
あなたは楽しげに、だけれど少し緊張して話し出す。ときどき笑いがあがって、ときどき女の子が頬をふくらませて。中身はわからないけれどあなたは饒舌で、でも不器用につまったりして。女の子が顔を覗くと耳まで真っ赤にして。
あなたは恋をしていた。たぶんあなたは満たされていて、女の子はあなたに心を開いていた。
心地よく時は流れていって、ゆうぐれになると女の子はこっちを向いた。素足で畳をあるいてぼくの首を撫でる。やわらかい指が毛をやさしく揺らして、あったかくて。
あなたは女の子の横でやきもちをやいて、じっとぼくを見ていた。いいじゃない、さっきまであんなに楽しそうにしゃべっていたんだから。
女の子はしばしぼくをあっためてから縁側から帰っていった。あなたはぼくを抱えて見送り、女の子が見えなくなったあたりでぼくの頭をぽんとこづいた。
そして視界にはまた砂嵐が少しずつ増えていって、なんにも見えなくなった。
音がしないここでみゃあと鳴くとひとりで取り残された気がしてあなたがこいしかった。
ノイズが聞こえてくるとわくわくして、あなたが現れるのをこどもみたいに待っていた。
あなたはまた縁側でうつむいている。あなたが現れるときはいつでもそう。しばらくしたら女の子が来て、あなたと過ごしていくのもまた。
ぼくはそれをただ眺めている。あなたが楽しそうにして女の子が笑ってふたりともあかくなる。約束されたように女の子はぼくの首を撫でてから帰る。
また、なにも見えなくなる。
いつからぼくはあなたのところにいるんだろう。あたまのなかみがつぶれてしまったみたいにそこの記憶がない。
ノイズは近頃ラジオみたいな音に聞こえる。よくわからない穏やかなおんがくが向こうでなっている。
あなたはやっぱり縁側でうつむいていた。ぼくはみゃあと鳴いてあなたの隣へ歩いて座る。あなたはちらりともぼくを見ない。
しばらくすると女の子がきていつもの場所に座る。ぼくは女の子におしつぶされて、うめき声もあげられない。ぺしゃんこになったぼくを気にすることもなく会話は続いた。
やっと女の子が立ち上がると、ぼくがいたはずの場所へとあるいてぼくがそこにいるかのように手をうごかした。だけれどぼくはあったかくはなれずに、あなたと女の子にわすれさられたように突っ伏していた。
やがて女の子は帰っていく。あなたも空気を抱いて後を追う。ぼくは痛むからだをうごかすこともできなくて、なんにも見えなくなるのを待っていた。
ゆうぐれがこんなに寂しいのははじめてで、なみだがでた。だんだんとぼやける視界に安心するのもかなしくて。
ぼくのここはかわってしまった。
あなたはどこか遠い世界の人のように触れなくて儚くてこいしい。女の子がうらやましくて妬ましくてひっかこうとしてもかすりもしなくて。ループを続けるここに嫌気とさみしさしかいなくなって。
ノイズはぼくの気持ちとは反対にどんどん鮮明になっていって音楽の後ろで誰かがしゃべっていた。
ぼくはさんざんあなたの恋を見せつけられて、うっとおしいくらい女の子に撫でられた。
ぼくはたしかにここにいる。でもあなたも女の子もここにはいない。縁側も畳も、ふたりの恋も幻想。
じゃあぼくはなに? なんでぼくは幻想に踏みつけられるの? なんでぼくは一人ぼっちなの? なんでぼくはここにいるの?
だれかこたえてくれないの?
ノイズがくるたびにいらいらして、あなたをひっかこうとしてすり抜ける。
するとね、あなたは小さく声をたててうずくまってしまったの。どうしていいかわからずにおろおろしていると、女の子があなたをゆすってあなたの名前をよんでいたの。
私は固まってしまったの。だってそれがあなたの名前だったから。私にしか教えなかったあなたの名前だから。
そこで、いつもみたいに視界はぼやけてあなたも女の子も幻想のかなたに消えていってしまった。
ノイズは忘れかけていたあなたの声だった。あなたの声は落ち着いていて私の頭の中をかきまぜる。なんでかわからないのに急に胸が苦しくなって、大泣きしながらあなたが縁側に座っている光景を待ったの。
でもね、そこはいつもの縁側のある場所じゃなくて白と薬品臭の牢獄みたいな病院だった。私はそこの白い机の上で白い服をまとった看守に撫でられていたの。
見渡してもあなたも女の子もいなくて冷たい手がのどを這って気持ち悪くてあばれたの。でもすぐに取り押さえられて私は動けなかった。
じっとしてると女の子がきて看守と話し始めたの。女の子は私をだいて小さく頭をさげると廊下を歩きだした。
あなたは小さな部屋の角で眠っていた。私は女の子の腕から飛び降りてあなたのほおをなめようとしたの。でも案の定すりぬけてあなたには触れられない。
だんだん、なんにも見えなくなっていって。今はそれが恐くてたまらなくて。あなたごと消えてしまいそうで、私はもがいてもがいてあなたの手に触れた。
そこには確かにあなたの手はあったけれど、私は受け入れられなかった。
あなたの手は、こおってしまったかのように冷たかったの。