ものがたりの果てに-1
少女は気だるさの中で目を覚ました。ベッドの柔らかさにもう一眠りと誘われる。心行くままに少女は目をつむり、また心地よいまどろみの中へ沈んでいく。
しばらくして、ゆっくりと体を起こして二度寝の余韻を惜しみながら少女は床に立つ。日光がカーテン越しに少女の赤毛に艶を描き影を作る。
少女は、髪を結って街へ出た。
朝から賑やかな街では子供が走り回り、客寄せの声がこだまする。
ふと、緑の帽子を被った男の子が少女とぶつかって転んだ。少女はしゃがんで男の子の手を取り「次は気を付けてね」と微笑んだ。男の子は顔を見られないようにしながらぺこりと頷いてまた駆けていった。
少女はそのまま市場へと足を進める。
活気のある声が行く人々を止め、色とりどりの野菜や果物が芳醇な香りを出す。
「お、フィリアじゃねえか。ちょっと見てくれよ」
野太い声が少女を呼び止め、手招きした。少女__フィリアは男のもとへと歩いて、男が手に持っている果物に目を奪われた。
「今朝うちで採れた青いリンゴだぜ。珍しいだろ。値段は赤いのよりはちょっと高いが、赤いのよりは甘くてうまいぜ」
フィリアは一旦目を赤リンゴと青リンゴの間で泳がせ、結局「じゃあ赤いのと青の、一個ずつください」と頼んだ。
「毎度あり! 桃もオマケしとくぜ」
そう男が言うとフィリアはにっこりと笑った。
品物の入った紙袋を抱えて、フィリアは街のシンボルである時計塔に登る。
時計塔の屋上では、風が優しく髪を揺らして人々の声を運ぶ。見渡せばその端まで世界が続いていて、時計塔の鐘の音がきっとどこまでも届けられているのだろう。
フィリアはつい先日まで、この時計塔によって時間を歪められた空間に閉じ込められていた。なんとか時の狭間を旅して歪みを直していき、彼女は時の流れを正常に戻す事に成功していた。
長い、旅路だった。フィリアは幾度も挫けそうになって、自分の心を壊しかけた事もあった。ただフィリアはこの時計塔からの景色を見て、そんな旅路もこの広大な世界に比べると何だかちっぽけに思えていた。
おもむろに、青リンゴを紙袋から取り出す。
かじりつくと甘い匂いと約束された甘味が口いっぱいに広がった。
フィリアが青リンゴを味わっていると、時計塔の鐘が鳴った。空に白い鳥が舞っていたのがフィリアの覚えている光景だった。