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真夏の暑さが引き始める時期、ひとのいない田舎が賑わいだすと、ああ今年ももうそんな時期かと思ってしまう。しぶとく暑さは残るものの、それもやがて風に流されていって、植物は色を変えてゆく。その前のわずかな期間。夕暮れの景色にとけこむ、提灯の赤。
田舎なのに、なのか、田舎だからこそ、なのか。それはわからないけれど、ちいさなお祭りは子どもたちの年に数度の楽しみのひとつだ。わたしも例外ではなかった。送り火が終わってから一週間、まるで無事に帰りつけたかをお祝いするように、いくつかの花火があがる。わずかに並んだ露店でりんご飴を買い、その花火を眺める。たったそれだけのことなのに、特別な日になる。
役員として祭を取り仕切る父、その役員や花火師たちを労うために働く母。我が家はずっとそうだったから、わたしは自然とコチヤ家のみんなと出かけていた。「りんご飴なんて、何がおいしいのさ」なんて眉間にしわを寄せながら焼きそばを食べるヒノエの横に座って、毎年空を眺めていた。
暗闇に一瞬だけ咲いて、消えていく、花火。
今年は、人生ではじめて、違うひとと行く。だけどそれは、古い恋愛小説にみるような淡い期待としあわせに満ちたようなものじゃなくて、どこかせつなくて、すこし悲しいものになる予感があった。
誘ったのは、わたし。それを相手はどう受けとめたかわからない。でもたぶん、さしてプラスの感情に動いてはいないだろう。彼のことだから、そんな気がする。
お祭りの日だって、農家は休まない。その代わり、いつもより幾分はやく仕事を切り上げて、各々準備をはじめる。
わたしもいったん家に帰って、シャワーを浴びてから浴衣に袖を通す。毎年、この日だけに着る服。紺地に朝顔の浴衣は、同級生の子たちに比べるとどうしても地味だったけれど「顔が派手なぶん、そのほうがバランスいい」という褒めてるんだかけなしているんだかわらからないヒノエのことばのおかげで、ずっと好きでいられた。
鏡の前に立って、髪を乾かす。前髪をひねって膨らまし、髪留めをさす。化粧はしない。してしまうと、ヒノエのいうバランスが、激しく崩れてしまう。
もう一度、鏡の中のわたしを見る。手元に置かれた、コンタクトレンズのケース。
まばたきを三回して、わたしはケースを抽斗の中へとしまった。いいんだ、今日のわたしには必要がない。一緒に、皮の手袋も押しこむ。
だって、ここはわたしの生まれた土地で、隠す必要なんてなくって。
それに、わたしは今日、告白するのだから。
そもそも浴衣に皮の手袋なんて、似合わない。
深呼吸、ひとつ。慣れない下駄に足を入れて、外の世界に出る。
ヒノエの家に向かうと、すでにふたりは準備を終えていて縁側で待っていた。わたしは浴衣を着ても、ふたりは普段通り。日に焼けた顔が、居間のライトに照らされている。
「お待たせしました」そうはにかんでみると、わたしの手を見てヒノエの眉間にしわが寄った。そのあとわたしの顔をまじまじと見て、さらに顔をしかめる。でもたぶん、ヒノエは怒らない。きっと、わたしがあの学園に反旗を翻したって「馬鹿だね」のひとことで終わりなのだ。
その向こうに座っていたナギ・ユズリハは、なにも表情を変えていなくてこっちが拍子抜けしてしまった。もしかして暗いがゆえに気づいてないのだろうか。まあ、それならそれでかまわない。声を大にして主張したいわけでもない。
三人並んで、露店が並ぶ小さな神社へと向かう。日はすでに落ちていて、遠くから祭囃子が聞こえてきていた。
田舎の一本道を淡く照らす提灯の列。その明るさに星がすこしだけ姿を潜め、これから咲く花火の場所を空けている。細い月は山のうえで待っていた。
わたあめの甘い香りが風にのってやってくる。ソースが焦げる匂いもする。神社に近づけばひとも増えていって、他の道からきた知り合いに声をかけられたりもする。
ヒノエとわたしはそれをいつものようにうまく交わして、露店の並ぶ場所へと逃げていった。ナギ・ユズリハは良い意味での余所者に注がれる視線も気にせずに飄々と歩いて、小さな会場を眺めていた。
このちいさな田舎の寂れた場所に集まるひと、ひと、ひと。
その誰もがたのしそうで、うれしそうで、その気持ちが伝播して、場所全体に蔓延しているみたいだ。たぶんわたしにも。
各々買い物を済ませたところで、神社をすこし離れた場所へ移動する。昔から花火を見ていた場所。それはなんてことない土手なのだけれど、みんなは露店に夢中だし、大きな建物のない田舎ではどこからでも花火は見えるし、ずっとわたしとヒノエの特等席だった。
虫の鳴き声をたずさえて流れる小川の端に三人並んで座る。神社の喧騒からすこしはなれた夜空には、ベガが輝いていた。
しばらくなにげない会話を繰り返して、たとえば畑仕事の話とか読んだ本の話とか、各々露店で手に入れてきたものを少しずつかじる。休みがはじまる前は、必要最低限のことばしか交わしていなかったふたりの会話が、今ではとてもスムーズに紡ぎだされている。たぶんそれは、わたしよりも近い。同性だからこそなのかもしれない。それがちょっとくやしくて、うらやましい。
数分後、太鼓の音が空気を振動させた。花火がはじまる合図。その瞬間、外にいる誰もがそれを期待して空を仰ぐ。
ひゅっ、と夜空を切り裂く音、一瞬消えてお腹の底を震わせる。青味を帯びた暗闇に咲く、しろい大輪の花。
「きれいだね」わたしのことばにふたりが頷く。
次々描かれる火の線に、ところ狭しと咲いてゆく火の花。すぐに散ってゆく花弁が、夜空にとけてゆく。
「夏も、終わるな」それを言ったのはヒノエかナギ・ユズリハか。
どちらかわからない程度には、夏の夜の空気は花火に支配されていった。
そうだ、確かに夏が終わる。もう間もなくわたしたちはまたあの学園に戻らなければならない。ひどく閉塞的でさみしい空間に。手袋をし、コンタクトレンズをはめ、自分を偽る日々を繰り返す。それが当然かのように。
りんご飴をかじる。あまくて硬い殻につつまれたりんごは、やわらかくてちょっと渋い。昔からちっとも変わらない、味。
ぼうっと空を見あげる。そんな最中、ヒノエがポケットから携帯端末を取り出した。横目で見てると、どうやらコールがかかってきたようだ。
「うん、うん……わかった」
電話の相手は誰だか知らないけれど、随分と返答はそっけない。プラス、その眉根がきゅっと寄って、非常に不機嫌そうな表情をつくりだしている。
「悪い、呼び出し」
その声に「お父さん?」と聞くと「裏方」とだけ答えられた。そうか、ヒノエももう男衆の輪に呼ばれるのか。一人前の男に近づいているんだ。
「悪い、もし遅かったら先に帰っててくれ。ニイ、頼んだ」
それだけ残して、ヒノエは来た道をすこし急いで戻っていった。夜の酒盛りにまで付きあわされることはないだろうけれど、きっと花火が終わっても帰ってはこれないだろう。




