21話 ドーナツの共犯者
ドーナツを賭けて宝探しをした日。
日奈は真夜と隅が帰って来る1時間まで暇を持て余したので、先ほど出たドーナツ屋でコーヒーを一杯買って、外のベンチで飲むことにした。
数分、ぼんやりと地面を眺めながら待っていた時である。
誰かが日奈の目の前で立ち止まった。
すらっとした黒タイツの足が日奈の目に止まる。
日奈は顔を上げた。
そこには黒髪の女の人がいた。目はオッドアイで片方は青い宝石のように輝いている。
女は笑みを浮かべながらこう言った。
「隣、座っていいかしら」
「えっと、その……」
日奈は少し動揺したが、すぐに縦に首をコクリと振った。
「そ、ありがとう」
女は日奈の隣に座った。
日奈は女が座ったのを見たのを確認してから、コーヒーを飲んだ。
「いきなりごめんね。隣なんか座っちゃって」
「ええ。別に良いですよ。このベンチは私の場所ではないので」
「そうだよね! このベンチ、片や、そのコーヒーさえも」
女は急に日奈からコーヒーを奪いとった。それから少し飲んだ。
「んー。苦いね」
「なんで勝手に飲むのですか」
「いやー、何も言わずに奪っちゃってごめんね。お姉さん、のどが渇いちゃって」
「だったら、あっちにコーヒーとか売ってますよ」
日奈はドーナツ屋を指差しながら言った。
「君はいつだって優しいんだね」
女はそう言いながら、日奈に封筒を渡してきた。
日奈は訝しそうにその封筒を見た。
「これは何ですか?」
「現ナマ」
「やめてください……」
日奈は封筒を突っぱねた。
「いやー。私に返されても困るね。これは君の父親からのものだよ。生活の足しにしなって」
「そ、そですか」
日奈は渋々受け取って、すぐバッグに入れた。
それを見て、女は少し笑った。
「共犯者、だねー」
「え?」
「嘘だよ。それは本当に君の父親から預かったものでねー。何でもパチ屋で当てた金なんだ」
「汚い、お金ですね」
「ああ、そうだよ。大人はいつだって汚い」
女はどこか遠いところを見るかのように言った。
「まあ、でもお姉さんはそんな汚い大人、嫌いじゃないよ」
「そうですか。お姉さんも、大人でしょ」
「ははは。やめてよ。私はこれでも19歳だから」
「そう、ですか。でも日本の法律上18歳から成人扱いですよ」
「そうだねー。日奈は真面目だねー」
「そう、ですね」
日奈は少し動揺した。
「ねー、日奈ちゃん。気づいているでしょ、私の正体」
「し、知りません」
「日奈ちゃん、君も嘘つくんだ」
女は少し睨みつけるように言った。
日奈は少し怯えつつ、下を向いた。それから口を開いた。
「真夜のお姉さんで、名前は真昼さん」
「そ、正解!」
真昼は嬉しそうにパチパチと手を叩きながら言った。
「それで真昼さん、私に何の用ですか」
「そうねー。私さ、もうじきこの町から出ようと思うんだ」
「そうですか」
「あら冷たいね」
「冷たいのは、そっちですよ。何年も連絡してくれないって思ったら、いきなり現れて。あなたは何なんですか!」
日奈は真昼に訴えかけるように言った。
真昼は少し考えた様子で、
「まあ、落ち着いて。私、この町を出る前にいくつかやり残したことがあるんだよ。それを日奈ちゃんにも手伝ってほしくて」
「嫌です」
「ええ。まだお姉さん何も言っていないよ。大丈夫だって」
「大丈夫って。私、お姉さんのこと、あまり信用できないです」
「ははは。随分私も嫌われたものだ。まあ、まずはごめんね、今まで連絡できなくって。いろいろ家の方でごたついていたの。まあ、私が何とか解決できたんだけど。それで日奈ちゃんのこと探していたら、たまたま見つけちゃってさ」
「そうですか。でも私手伝いたくないです」
「そう。じゃあ、こっからは私の独り言だと思って聞いてね」
真昼は空を仰ぎながら語り始めた。
「私は今まで壊してしまったものを元通りとまではいかないけど、治したいんだ。私の妹のこと、それから日奈ちゃんの家族の件とか。何もかも元通りにして、そして私は消える。私は皆を笑顔にするためには犠牲にならなくちゃいけないんだ。いつだって私はそうしてきた」
日奈は真昼の言葉を聞いて少し心配そうに声をかけた。
「真昼さん、すべて解決したら、死なないよね」
「まさか。流石にそこまではしないよ。あ、私の独り言、聞いていたんだ」
「いや、元々私に聞かせるため、ですよね」
「そ。まあ、だからこそ日奈にしてほしいことがあるんだよ」
「……何ですか」
「聞いてくれるんだ。優しいんだね」
「いや、そんなつもりは。でも、私は真昼さんを助けたい」
日奈の思い、それは真昼に対する憧れというものも少し孕んでいた。
「ありがとう。その気持ちを聞けて、お姉さんも嬉しいよ」
真昼は嬉しそうに微笑みかけた。
「じゃあ日奈にやってほしいこと言うね」
真昼は日奈に語りかける。
それを聞いた途端、日奈の表情は曇った。
それは日奈が実家に帰ることだったからだ。
「お姉さん、なんで私が帰らなければ。帰りません、私」
「そう。帰らないか。まあ、私がそうお願いしなくても、多分強制的に連れ戻されると思うよ。それに傷つく前に帰ったほうがいいよ」
「私が傷つく?」
「うん。きっとそう」
「断言できるんですね」
「うん。きっとそうなるから」
真昼はベンチから起き上がった。
「じゃあまたね。次会うときは、多分、お別れを言うときかな」
「そう、ですか」
「あと最後にもう一つお願い」
「なんですか」
「その、紙袋の中身くれない?」
「そ、それは」
日奈が動揺する間に、真昼は紙袋を搔っ攫い、中身を取り出した。
中身はドーナツだった。
真昼はドーナツを半分に割った。
「待って! それはだめ!」
「はい、あーん」
日奈にそのドーナツを食べさせた。
「ほ、ほへはん?(お、お姉さん?)」
「はは!」
真昼は笑って見せてから、残りの半分ドーナツを食べた。
真昼はペロリと口を舐めると、
「私たち、共犯者だねぇ~」
といたずらっぽく微笑みかけるのだった。




