19話 白昼
男とバーで二人きりで飲んだ。そのあとはカラオケで朝まで歌った。
午前5時20分くらいになり、カラオケのスタッフから電話越しに、終了時刻をお知らせしてきた。
真昼はテーブルに置かれたお菓子やら、紙コップやらを片しながら、カラオケの部屋を出る準備をしていた。
一方、男は酔いが覚めておらず眠りこけていた。近くには日本酒の瓶、ビール缶などが散りばめられていた。
真昼はこれ私が片付けるのかと少しドン引きしながらも、仕方なく手持ちのビニールで瓶、缶を入れて片付けていく。
片付けが終わったところで、真昼は男の頬をビンタしながら言った。
「ねえ、帰るんだけど。起きて」
だが、男は起きる気配がしない。
仕方ないなと思いながら真昼はカラオケ機のリモコンで曲を入れ、その上でさらに最大音量にして、
「あああああああああああああああ、起きてえええええええええええ、起きてくださああい。ここの金払うのわたしぃぃいいいい」
大音量で真昼が歌っていたおかげか、男は機嫌悪そうに起きた。
「ああん? 流石にガキに払わせるか!」
「やっと起きたね、おじさん。でもおじさん、ホームレスで金ないじゃん」
「まあ、昨日、スロットで勝ったから金あるし」
「そんなわけないじゃん。というかさっきのバーで全部使ったじゃん」
「そうか? なら料金立て替えてくれ」
「女の子にお金払わせるなんてサイテー」
「どっちなんだよ!」
「いいよ。元々、カラオケ行こうと誘ったの私の方だし。それに最近、財布潤ってるから、奢ったげる」
そう言いながら真夜は呆れながら財布から万札を取り出していた。
「さ、帰るよ。おじさん」
「ああ? もう少し寝かせろ」
「ダメだって、もう少しで退室時間。おじさんの寝床まで送ってあげるから」
「ああ、送ってくれ」
男はそう言いながら、急に真昼の肩を組もうとした。
すると真昼は急に大声上げて、
「きゃ、やめて……」
と怯えながら言った。そして男の手を跳ね除けた。
男はおいおいどうしたんだと言わんばかりに不思議そうに見ていた。
「さ、さわらないで!」
「おい! そんな言ったら俺が変質者じゃねーか」
「あ、ごめん。急に肩組んできたからつい。べ、べつにおじさんは悪くない」
真昼はそう弁明した。
男はどこか納得したかのように頷いた。そして無精ひげの生えた自分の顎を撫でた。
「そか。じゃあ帰るか」
男は何事もなかったかのように部屋を出ていった。
真昼は男が部屋を出た後でさっき触られた肩を撫でて、
「大丈夫、私はまだ、大丈夫だから……」
と過呼吸になりながらも呟いていた。
*
真昼は会計を済ませるとカラオケ屋を後にした。
すぐ近くのコンビニまで歩いていると、男がベンチに座りながら煙草を吹かしていた。
真昼はすぐに駆け寄り、男の隣に座って謝っていた。
「おじさん。さっきはごめん」
「ああ。別に良いさ。誰にだってされて嫌なことはある。俺だってそうだ。まあ人によってどこに地雷があるかなんて、そいつに関わってみなければ、全然わかんね。気づいたときには遅かった時もあるんだ」
「おじさん、結構まともなこと言うね」
「まあ俺は日奈とか、夕月とかの地雷を踏んできたからな」
「おじさん、自分の子供たちに嫌われているの?」
「まあな。これが父親になれなかった末路だよ。妻とも上手くいかず、離婚して、それから借金を背負って、破産して、このありさまだよ」
「そう、なんだ。まあ、おじさん、後半のは多分、自業自得だよね」
「まあ、そう言ってもらっても構わない。半分そうで、半分嘘。俺も当時馬鹿で、騙されやすかったんだろ。皆よってたかって、人を騙し、陥れるのさ」
「そう」
真昼は男の話にどこか納得したかのように頷いた。
「おじさん。でも、そんな酷い目に合っているけど、今、こうして生きているじゃん」
「ああそうだな。こんな理不尽な世の中だが、どうにもできなくなったとしても、俺はまだ死ぬことさえできない。俺は臆病者なんだ……」
男は泣きながら言っていた。
そんな男の頭を真昼は優しく撫でていた。
「私はその、生きているだけでもいいと思うんだ。私、今でこそ妹を養えるくらいの金は持っているけど、正直、金とか興味ないんだよね。むしろ嫌いまである」
「お前、ホームレスの俺に向かっての慰めがそれか?」
「まあ、そうだね」
「そうだねってひどい話だな」
「これは、その私の一人語りだと思ってもらっていい。私は金が嫌い。金は愛とか信頼とか狂わす道具だからさ。私の両親が亡くなって、親戚一同が寄ってたかって私たちを引き取ろうとしたけど、その理由が両親が残した財産なのだと気づいたとき、私は親戚を殴って、家を出たね。それから妹と二人きりさ」
「つまり何が言いたいんだ?」
「だからおじさんの生き方には共感できるまである」
「はあ? 馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にはしてないさ。でも、私がホームレスとかにならないのは多分、世間の目が怖いからだよ。だからおじさんが臆病者であるかのように、私も何かに縛られる臆病者なのさ。だから今も頭の中には妹を守らなければいけないって使命感があるんだよ」
「お前、妹が嫌いか?」
「ううん。嫌いじゃないよ。でもいつかは妹と離れ離れで暮らさなければいけない時が来るんだと思う」
「そんなん、別にいつまでも一緒に暮らしていけばいい」
「それが叶うのならね。でも私はいろいろとやらかしてしまって。何なら私の今やっている仕事とかさ法律に触れてさえする。多分、いつかこの町を出なければならない時がくるんだよ」
「そうか。その罪はどうしても消えないのか」
「ああ、消えないのさ。たとえ世間に忘れ去られていたとしても、私が覚えてさえいれば、罪は後悔となり、消えないのさ」
「罪は後悔か。なんとなく分からなくもないな」
「おじさんは私みたいにはならないでよね」
「は? ガキに言われたかねーよ。それよりお前は、絶対死ぬなよ。妹を守れよ」
「おじさん! 良いこと言うじゃん! ちょっと惚れた」
「けっ、惚れたか。ならいっそう、何もかも捨てて俺と一緒にこの町から出るか?」
「そうだね」
真昼は夜が明ける空を仰ぎながら、
「死んでも無理」
と微笑みながら呟いた。
「ねえ、おじさん。煙草ってそんなに美味しいいの?」
「ああ、どうだろうか。美味しいのか?」
「私に聞かれても、まあ、おじさんとの別れに一本煙草くれない?」
「やめとけ。それに未成年が吸ってしまえば、馬鹿になる。俺みたいにさ」
「何言ってんの。吸うわけないよ。でもおじさんちょっと面白いかもね」
真昼はあくびを出しながら背伸びした。
「おじさん。帰ろっか」
「ああ。この煙草がなくなってから帰るよ」
「そっか」
「お前は妹の元に帰ってやれ」
「そうするよ、おじさん」
真昼は「またね」と言いながら、男から去っていった。
男は真昼が去った後でも、煙草を吹かしていた。
*
真昼が玄関のドアを開くと、そこには真夜の姿があった。
真夜はどうやら疲れてそこで眠ってしまっていたらしい。その寝顔にはなぜか涙が伝っていた。
「ごめんね、真夜。不安にさせて。でも、もうじき、真夜は幸せになれるから」
真昼はそう言いながら、静かに眠る妹の姿を慈しむように見た。




