閑話 夜空に輝く星
いつもの何気ない帰り道。校舎の窓から指す斜陽。グラウンドを走る野球部、華やかなハーモニーを奏でる吹奏楽部。
どこにでもあるような学校の風景がそこにはあった。
日奈はそんな風景に目も配らず、一人、細々と廊下を歩いていた。そう、誰にも、見つからないように、歩幅はゆっくりで静かに。下を向いて、パーカーを深々と被り、誰にも見つからないように、歩いていた。
日奈はこの学校にほとんど知り合いがいなかった。多分、この学校での知り合いは幼馴染くらいだった。
学校で日奈は最低限の人間関係に留めて、人との関わりを避けている。それは中学の時のことがまだ尾を引いていたからだと思う。
中学の時、日奈はある事件を起こしてしまい、以来、人と関わるのがどこか億劫になってしまった。
高校生になった日奈は突然、家を出て一人暮らしを始めた。住所も変更して、家族にもどこに住んでいるのか教えていない。
バイトも始めた。それは深夜のコンビニバイト、スナックの手伝いだったりした。
こんなバイトを本当は高校生がやってしまうと補導されてしまうが、日奈は年齢を偽造してバイトの面接をした。
コンビニではワンオペでレジに立たされたり、スナックでは客へ注文された商品を提供するといった接客をこなしていた。深夜にバイトをしていたわけか、日奈の生活リズムが昼夜逆転してしまい、いつも遅刻ばかりする様になっていた。
日奈は学校の靴箱で靴を取り出そうとしていると、一人の女子高生に声をかけられる。
綺麗な長い金髪を靡かせ、満点の笑みを綻ばせる少女だった。
そう、つい昨日、ドーナツ屋で再会した少女、真夜だった。
真夜は校舎を出ようとする日奈を呼び止めた。
「ねえ、今帰るとこ?」
「え、あ、うん」
「そーなんだ! じゃ、一緒に帰ろうよ!」
「えっと、その……」
「ん? あ、やっぱり一人で帰るつもりだった? ごめんね!」
「いや、違くて……。その、私って、迷惑になるかもって……」
日奈はそんな風にもじもじと言っていると、真夜は首を振った。
「そんな迷惑だなんて。私、そんなこと一度も思ったことないんだけどなー」
「あ、そう、なんだ」
日奈は真夜の言葉を聞いてどこか嬉しくなった。
「日奈。一緒に帰ろうよ」
「うん。いいよ」
日奈は真夜と一緒に帰ることになった。
一緒に並んで歩いている間、日奈は終始、真夜のことをジロジロと見ていたりした。そして真夜がこちらを見てくると、日奈はすぐに目を逸らしたりもした。
「何~、日奈。私の顔に何かついている?」
真夜が少しからかうような口調で日奈に聞く。
「いや、その、きれい……」
「え? なんて?」
「だから、その、綺麗な顔」
真夜は日奈の言葉を聞いて少し顔を赤くした。
「やだ~、日奈ったら。お世辞が上手だから~」
「えっと、本当に綺麗で美人……」
「え~、そんな、褒めたって、何も出ないぞ」
「うん」
「でも、日奈だって、そのフード取ったら、可愛いぞ!」
「か、可愛い……。わ、私なんか」
「なんかじゃないよ。せっかく可愛いのにもったいない」
「そんなわけないよ……」
日奈はそう言って、更にフードを深々と被った。
真夜はそんな日奈にチョンとつついた。
「えい! 私をからかったお返し! でも、普通に嬉しかった、ぞ」
真夜はそう言いながら微笑んだ。
「やっぱ、私、海外の血が混ざっているからかな?」
「え? 真夜ちゃん、ハーフなの?」
「あ、言ってなかったね。私、母がイギリス人なの」
「あ、そうなんだ」
「うん。ちなみに英語、全然喋れませんー。なんちゃって」
「ホントにハーフ?」
「ん、信じていないようだな。明日市役所で戸籍謄本取り行って見せるよ」
「いや、そこまでもしなくていい」
「そ。まあ、いいか。だからこの私の金髪は母親譲りなの」
真夜はそう言いながら、自分の髪をいじっていた。
「たまに外国人に間違われることだってあるんだよ」
「確かに金髪だったらそうかも」
「でも金髪だから、ヤンキーって思われたりもする」
「確かにそうかも」
日奈はそう言って、少しクスっと笑った。
「あ、日奈、今、笑った?」
「笑ってないって。ごめんって」
「まあ、許したげる。日奈は友達だし」
「そう、友達」
「あ、日奈、何か嬉しそう」
「こういうの、なんか久しぶりな気がして」
「やっぱ、日奈って変わっているって言われるでしょ」
「誰に?」
「皆に?」
「皆って?」
「不特定多数?」
真夜が少し気難しそうな顔で言ったものだから、日奈はつい笑ってしまった。
真夜も釣られて一緒に笑った。
「何言っているんだろう、私」
「べ、別にこういうのでいいよ」
「うん、こういうのでいい、ねぇ」
歩く二人の足元はもう、影は伸びてはいなかった。
代わりに上空には満点の星空が輝いていた。
「あ、星だ! 綺麗……」
真夜はそう言いながら、星を指差した。
指差す方向には確かに綺麗な星がたくさん輝いていたが、そんなことはすぐにどうでも良いと思うようになった。
どうでも良くなるくらいに、その横顔が綺麗だと、見惚れてしまった。
それはまるで、夜空に輝く星のように綺麗だった。




