17話 酒とすき焼き、煙草
真夜は4階建てのアパートに住んでいる。近くには砂浜、海を一望できる公園、船着き場がある。
手提げ袋を持って、アパートの階段を4階のところまで上がった。因みに4階建てのアパートにはエレベータをつけることができないと建設上の問題があるそうだ。
だから最上階である4階に行く方法は階段しかない。
真夜は階段を上り、部屋へと進んでいくと、扉の前で発見した。
目を閉じて眠っている女性だった。どことなく酒の匂いがした。黒髪のロングで、背丈は真夜よりもある。コートを羽織り、中には着崩したブラウス、少し開けたロングスカートで、そこから黒いタイツの足をのぞかせている。
まるでどこかで働いた後のキャリアウーマンのような風貌をしている女性、真夜の姉だった。
「ひるねー。おきて」
ひるねーと呼ばれた女性、真昼は瞼を擦りながら、ゆっくりと開けた。瞼の中から青い宝石のような目、深淵の闇を彷彿させる黒い目の二つが見えた。
「んー。まよちゃーん!」
真昼はそう言いながら、真夜に抱き着いてくる。
そんな真昼を引き離した真夜は少し恥ずかしそうに、
「ひるねー、やめてよね! ここまだ、外なんだから……」
「うん。ごめんねー」
「ここ冷えるから、早く家入ろう、ね?」
「うん」
真夜は真昼の腕を肩に回し持ち上げた。それから部屋の鍵を開け、二人は入って行く。
それから真夜は真昼を一度玄関に置くと、暗闇の中を手探りで明かりのスイッチを探した。
「うん、あった!」
真夜はそう言って、部屋の電気をつけた。
「ひるねー。行くよ」
「うーん。もう少し寝かせて」
「ダメだって。早く部屋に行くよ」
真夜はそう言いながら、真昼の足を引っ張り、部屋へと引きずり込んだ。
酒なんか弱いのに飲むからこうなると、真夜は呆れつつも、夕食の支度をしていた。夕食ができるまで姉は寝かせておこう。
夕食が出来上がり、真夜は姉を起こしに姉の部屋へと向かった。姉の部屋の前でノックをし、入る。
そこには服を脱ぎ捨てて、ブラジャーとショーツ姿の女が寝転がっていた。そう、紛れもなくこの女は真昼だった。
「ひるねー!今すぐ起きて!」
「ふぇ? なんれすか?」
真昼はどうやら呂律が回らないくらい、全身に酒が回っていたようだ。
真夜は少し顔を赤くしながら、真昼にTシャツ一枚渡し、
「みっともないからこの服着て!」
「あ、イミョウトノ服、ありがちょ。ありがちょって、あはは」
「何が面白いわけ? 早く服着る。バンザイ」
「はーい」
真昼は言われるがままに手を上げ、真夜にTシャツを着せられる。
「アイラブ、って愛が、おみょうすぎねーん!あは」
「それ、ひるねーが、江ノ島で買ってきたお土産、なんだから」
「あ? しょうだっけ?」
真昼は首を傾げ、それから自分の胸の方を見た。
Tシャツには『アイラブ、えのしま』と刻印されていた。
「あ、あにょ時の。たしかー出張で言った時の。こりぇ、真夜にあげようとおもって」
「嫌だよ。大体、江ノ島行ったことないんだし」
「へ? しょうだっけ? じゃあ、今度、わたしゃのお金で、いくぅ?」
「まあ、言ってみたい気もするけど。そんなお金どこにあるわけ?」
「大丈夫。金の心配は何もしなくていい。私が全部、なんとかするから」
真昼は急に真顔になって話始めた。そう、真昼は金の話になるとすぐ真面目になる。まるで、自分が酒に酔っていることさえ忘れてしまうくらいに。
真夜は真昼が普段、どんな仕事をしているのか、全く知らないし、その件に対して全く関わるつもりもなかった。
今日の夕食はすき焼きの鍋だ。さっき隅からいただいたものをせっかくだから使わせていただくことにした。
隅から貰った袋はいつもの商店街のものだったので、多分、いつも言っている肉屋で買ったのだろうか。
真夜はおたまで鍋からお椀へと入れ、真昼に渡した。
真昼はそれを受け取り嬉しそうに食べていた。
「んー。おいしい! 真夜、アンタ、やっぱ、天才!」
「やめてよね。私は別にレシピ通りに作ったというか」
「うん。これ、昔、母さんが作ってくれた料理の味」
「うん」
真夜は頷き、微かに笑った。
真夜もすき焼き鍋をいただくことにした。
口に入れた瞬間、牛肉とすき焼きのたれが絶妙に絡み合って広がっていった。
「んー。母さんの味にはまだまだかな?」
少し困った様子で答える真夜。
「別に、完全に寄せなくても、今のままでも私は十分だよ」
「だけどまだ、改善の余地があるというか」
「アンタ、やっぱり昔から真面目だね」
「べ、別にそんなんじゃ、ありませんよ」
「あ! 昔の喋り方に戻っているー」
「からかわないでよ」
「へーい。了解ー」
二人はそんな他愛もない会話を続けながら、すき焼き鍋を完食した。
「ちょっと、煙草、行ってくる」
真昼はそう言いながら、自室へと入っていった。
「そう」
真夜は小さく呟いた。
そんな様子を真夜は訝しそうに眺めながら、食器洗いをしていた。
なぜそこまで真夜は真昼の発言に怪しむのか。それは真昼は煙草は嫌いなはずなのに、最近、やたらと煙草というワード使っていたから。
多分、何かを表す言葉なのだろうか。
これ以上考えても無駄だと思い込むように、真夜は食器洗いを続けた。
*
真昼は自室に戻ってから、誰かと電話していた。
「もしもし?」
『ああ、俺だが……』
「おじさん、公衆電話見つけたんだ。今時、スマホ社会なんだし、スマホ持ってないとだめだよ。あ、そもそも、おじさんじゃ、契約できなかったね、ごめんごめん」
『あ”? てめーなめてんのか?』
ドスの聞いた声が真昼の耳に届く。
「いやー。ごめんねー。私、不器用なんだよね。相手の気持ち、考えられないくらいに」
「てめー、それはわざとだろ?」
「いや、どうだろうね? 強いて言うなら、想像に任せる。なんちゃって」
『ガキが、調子に乗りやがって』
「調子には乗っていません。それよりも今から、会えます?」
『ああ。いつものパチ屋いる』
「そうですかー。かしこまり。てか、今日、何売っているわけ?」
『そうだな、ジャグラー』
「スロットかー。パチ屋で」
『ああ。そうしてくれ』
ここで男との電話は切れた。
さて、どうしたものかーと、真昼は少し悩みながら、支度をしていた。
真夜はドア越しで、少し会話を聞いていた。
やっぱり何かまずいことしているんだと真夜は少し不安になった。
*
数分してから部屋を出た真昼はどこか外行きの服装をしていた。コートを羽織っていた。
「まよちゃん、ごめんね。ちょっと出てくるから留守番頼むね」
「うん、あのね」
「ん? どうしたの?」
「いや、やっぱり何でもない」
「そう? じゃあ、行ってくるよ。あ、帰ってくるの朝とかになりそうだから、家の鍵、いつものところに入れといて」
「うん……。いってらしゃい」
真昼は笑顔で真夜を見ると、家を出ていった。
本当は行かないでと、真夜は言いたかったが、言えなかった。
だって、今の幸せがあるのは、姉がしている私の知らない仕事のおかげだから。
それだからこそ、私は姉に対してわがままなんて言えなかった。
真夜は閉じられた扉の前で膝をついた。
だからお願い、どうか悪いことが起きませんように。
真夜は手を合わせながら、一人静かに祈った。




