10話 クマとお嬢様
椎名日奈は高校生であるからに、朝から高校に行かなければならなかったのだが、1限目はいつものようにサボってから学校へとやってきた。
学校の自分が所属する2-2の教室へ向かうと、謎の人だかりができていた。
人だかりの中心には、また見たことのないツインテールの少女がいた。少女を中心にクラスメイトが談笑しているようだった。
転校生なのだろうかと思いつつ、教室に入ると、なぜか肩をポンとされた。
後ろを振り返ると、なぜか笑いながら怒りを抑える大泉先生の姿があった。
一応、挨拶はしておこう。
「えっと、おはようございます?」
「ええ。ところで、なぜ今、学校へ来たのですか? 私、椎名さんの携帯に今日何件か連絡したはずですが……」
大泉先生に言われて、日奈は咄嗟にスマホを確認する。
最初のメールは『授業、始まりますよ』といった優しい口調であった。が、その後は徐々に文面が荒くなったかのように、しまいには電話が何件か入っていることも確認できた。
「えっと、重役出勤、です……」
「重役出勤じゃ、ないでしょ!」
当たり前のように先生に怒られた。
怒られている様子を何事かと、さっきの教室の人だかり達がこちらの方を凝視し始めた。が、すぐにいつものことかと思い、元の談笑に戻っていった。
「椎名さん。私、前にも言いましたよね。無断で遅刻だけは許しませんって。何かあったんじゃないかって心配しました」
「ごめんなさい、先生」
日奈は申し訳なさそうに謝った。
「今から2限目が始まります。授業にはしっかり参加すること。良いですか!」
日奈はうんうんと何度か頷いた。こんな美人な先生に怒っている顔は似合わないと思いつつも。
大泉先生は笑顔で、「頑張ってね」と言い残し、去っていった。
中身も美人とか反則、と思いつつ、今度こそ教室の自分の席に座った。
そして2限目の授業が始まり、日奈は数分もしない内に夢の世界へと……、と思ったが、誰からか、背中を突かれた。
眠たい瞼を擦り、後ろを振り返ってみると、さっきのツインテールがいた。
ツインテールは日奈に向けて微笑みかけ、
「今は授業でございますよ。椎名さん」
と小声で言ってきた。手元にはクマ?のボールペンを携えて。
日奈は起こされたことに不服に感じつつ、残りの授業は何とか起きていた。
2限目の授業が終わり、もうひと眠りしようと日奈は机に突っ伏そうとすると、また後ろから突かれた。
後ろを振り返ると、またしてもあのツインテールが。
「寝ているところごめんなさい。ワタクシ月野隅と申します。さっき椎名さんが教室に来られてまだ挨拶が済んでいなかったので」
「そう、ですか。おやすみなさい」
「ちょっと待って! ワタクシ、あなたと仲良くなりたいのですよ。だからもう少しお話ししましょう」
「え、私みたいな、人間と仲良くするよりももっと、他の子と話した方が良いと思います」
「そうね。ワタクシ、このクラスではあなた以外とはもう友達になったのですよ」
「ええ。すごいですねー」
本当はそう思っていないかのように日奈は答える。
それに気づかない隅は淡々と話していく。
「あ、そういえば転校する前に住んでいたところのお土産があるんですよ」
隅はそう言うと、バッグからお菓子を取り出してきた。
それを見た瞬間、日奈はどこか納得がいかないようにふてくされた。
「こちら甘くて美味しいお菓子なんですよ」
「いらない」
「そう言わずに」
「だから、いらない」
「どうぞお近づきの印に」
「そんな滅多に入らない貴重なお菓子、ですか。そうやって、金持ちはマウント取るんですよね」
「え? 何をおっしゃっているんですか、椎名さん?」
どこか引き攣った顔で、隅は見ていた。それでも平然を保っていた。
「それに、そこのバッグ。見るからに高そうなバッグじゃないですか。何万円ですか……。マウントですか」
「だからその、さっきから何を言いたいんですか?」
「要するに、私は、金持ちが嫌いなんですよ。持ち物からすでにその金持ちオーラがにじみ出ているところとか。そもそも口調から、動作の節々から、何から、何まで……」
日奈は不平不満だらだらと話していると、我慢の限界がきた隅は机をドンと叩いた。
「なんですか! さっきから、ワタクシ仲良くしたいだけなのに、金持ちだから嫌いって言って。なんでそこまで頑なに仲良くしてくださらないのかしら! なんで、説明してほしいかしら!」
隅が急に大声で怒鳴ったから、クラスメイトはこちらを凝視し始めた。
皆、何が起きているのか分からない様子だった。
日奈は後ろめたそうに、
「それは、言えない」
「言えないって、なんで言えないのですか!」
「それは……」
日奈は黙ってしまった。
隅はついに怒りが爆発し、
「もう、いいかしら! そうやって人を判断したり、そんなの最低かしら!」
隅はぷいと怒ってそっぽ向いてしまった。
日奈はまた机に突っ伏した。
教室は二人の言い争いが原因で不穏な空気が流れていた。
*
昼休みになり、日奈は教室の居心地が悪く、学校の屋上でパンを齧っていた。
今だけ一人が楽だと感じつつ、呆然と空を仰ぎながら、パンを口に運ぶ作業をする。
「本当は、そうじゃないんだけど……」
日奈は不服そうに声を漏らした。
そんな日奈のもとに、一人の高校生が訪れる。
「やっぱりここにいたか」
高校生の正体は裕だった。
「なんかお前の教室地獄みたいな雰囲気流れているんだが」
「え? 知らない」
「というか、お前、なんかやったのか?」
「やったというか、うん、そうだと思う」
「はぁー。俺に何があったか話してみ」
日奈は教室で起こった話を裕に説明していく。
「その、私、あの高いお菓子見て、急に、何か、イライラしちゃって。ムシャクシャして?」
「ああ。まあ、その、仕方ない、のか。だって、お前の実家って……」
「私の実家の話、やめて」
「ああ、悪いな」
「本当は、そのお菓子のことなんてなくたって、仲良くしたいと、思ったの。でも、高いお菓子見せつけられて」
「だからって、そんなグジグジ金持ちだからって真向から否定するのは良くないだろう。お前が特に、尚更言うな」
「ごめん」
「まあ、俺に謝っても仕方ないし。今の気持ちとか直接本人に伝えれば良いんじゃないか? ということで、連れてきました」
裕がそう言い切ると、屋上にツインテールを靡かせる少女が現れた。
「え、なんで?」
「何でって、俺が連れてきた。あとはお二人で仲良くよろしく! あ、因みに何か、こいつやっぱウザイから殴りてーってなったら、俺のことをサンドバックにしろ! 以上だ!」
裕はそんな風な捨て台詞を言い放つと、そのまま去っていった。
日奈はツインテールと二人きりになってしまった。
しばらく二人の間に沈黙が続いたが、先に破ったのは日奈の方だった。
「ごめんなさい。さっきはヒドイこと言っちゃって。私、言葉足らずなところがあって。その今からでも仲良く、できるのかな」
ツインテールこと、隅は一回頷く。
「そうですね、許します。ワタクシもちょっといきなり距離を詰め過ぎたかしら。でも、椎名さんが仲良くなりたいでしたら、仕方ないですわ。仲良くして差し上げますわ」
「何、その上から目線……」
「ふふ。ごめんなさいね。ワタクシあなたと仲良くしたいわ」
「うん。ありがとう」
「それで、高級お菓子の件ですが……」
「もう金持ちはさらけ出すんだ……」
「ええ。もう構いませんわ。それよりも一つ気になることがあるのですが、一つ聞いても?」
「えっと、なに……」
これは何かまずいことを聞かれるんじゃないかと察した日奈は少し後ずさりしていた。
「お菓子渡したときに思ったのですが、あなた本当はこのお菓子がいくらぐらいの価値なのか分かるんじゃないかしら?」
「あ、え?」
「だって、見ただけで、そんな滅多に手に入らないお菓子って言い出すんですもの」
「えっとたまたま、かな?」
「それに他に渡した皆さん、ただ美味しそうなお菓子としか言ってなかったですし。普通は出回っていないお菓子ですから、本当の価値が分かる人って限られるんですよね」
「えっとー。何のことでしょうか……、あ、次の授業時間の準備だから、またね、クマちゃん!」
「またねって、椎名さん、ワタクシと同じクラスでしょ! てか、誰よ、クマちゃん!」
隅が言いかけている間に、日奈は屋上から逃げていくのだった。




