1話 ドーナツ好きの少女
駅前にある何の変哲もない、ただのドーナツ屋。
そんなドーナツ屋を眺めている少女が1人。
少女の名は日奈。セミロングくらいの髪にフードを被せている。フードのついた上着の下に制服を着ていた。
日奈はビクビクしながら、ドーナツ屋のガラス越しにいる誰かを羨ましそうに、眺めていた。
ガラス越しに満面の笑みを浮かべる金髪少女が一人。
綺麗な金髪の少女がドーナツを頬張る姿に、日奈はいつの間にか魅了されていた。
金髪少女はドーナツを食べた瞬間、嬉しそうに感嘆の声を漏らした。
そんな様子を見ていた日奈は、ガラス越しにいる金髪少女の姿が、真昼に輝く太陽のようで、とても眩しく感じた。
根暗な日奈にとってそれを羨ましいと思った。
そして自分とは違うその存在に手を伸ばしたくなった。
金髪少女は日奈を凝視した。そしてなんとも嬉しそう笑みを零し、にこちらに手招きをしてくる。
日奈はドキリとした。それから後ずさりし、もはや逃げ腰になっていた。
金髪少女は急に席を立ち上がり、こちらへと向かってくる。
まずい、まずい、早く、逃げなきゃ。
日奈の脳内はすぐに逃げろといった危険信号を出していた。
「待ってよ!」
金髪少女は逃げようとする日奈を声を出して呼び止めた。
日奈は金髪少女に呼び止められた恐怖で、さらに怯えて、頭を手で押さえつけるようにうずくまった。
まさに今、金髪少女に追い詰められている状況だった。
日奈は震える喉から振り絞るように、声を出した。
「な、なんですか、あなたは……」
恐怖に苛まれ、怯えた表情の日奈に、金髪少女はなだめるように、且つ、少しだけ訝しむ様子で、
「私の方がアンタ何者って聞きたいんだけどさ。それよりさ、アンタ、私のことずっと見ていたでしょう?」
「い、いいえ。見ていません。わ、私は……」
それは嘘なのだが、それでも咄嗟に出た言葉がそれだった。
「いや。絶対見てたって」
まるで子供が誰かにイタズラするかのような笑みとともに、金髪少女は告げた。
「ふぇええええ」
私は金髪少女の謎の圧に押され、怯えた。
中々、まともな状態になれなかった日奈のことを察したわけか、金髪少女は自分の金髪をくるくると触りながら、
「あちゃ……。この髪の色じゃ、怯えちゃうよね」
金髪少女は納得した様子で、すぐにバッグから黒いニット帽を取り出し、深く頭に被った。そして優しく語りかけるように、
「じゃーん! これなら話せそう?」
「えっと、そうじゃなくて」
「え、違うの?」
「うん。別に髪の色が気になって、じゃなくて」
「そうなの? じゃあ、なんで私に怯えているの?」
「そ、その、私、人とあまり話すのが苦手で……」
「あ、そういうこと」
金髪少女は腑に落ちたように言った。
*
日奈はビクビクしながら椅子に座っていた。
日奈が怯えているのには理由があった。
それは眼前にはさっき初めて話した金髪の少女がいたからだ。初対面なはずなのにいきなり馴れ馴れしく話しかけてくるので、ただ恐怖でしかなかった。
金髪の少女はなぜか興味深々に日奈のことを眺めていた。
「アンタ私と同じ高校?」
「ち、違います……」
「え?」
「ひぃいいい。ごめんなさい」
また日奈は怯えた。
そんな日奈を見て不思議そうに、
「何で、謝るの? アンタは別にヒドイことしていないんだし」
「いや、その、ずっとあなたのことを見ていたので。お、おかしいですよね、見ず知らずの人をジロジロと見てしまって……」
「えっと、別に、いいんじゃないかな。私、見た目がほら、あれだから。まあ金髪の人ってこの辺では中々、見かけないからね」
金髪少女は自身の髪を指しながら言っていた。
確かに綺麗な金髪だ、と日奈は思った。
「それで、話は戻すけど、やっぱり私と同じ高校でしょう?」
「はい……」
怖気づきながらも、渋々答える日奈。対照的に明るく話しかける金髪少女。そんな二人の姿を傍から見ていれば、誰もが異質だと感じるのかもしれない。
二人の会話の内容を聞いていない人にとっては、根暗な少女が不良少女に絡まれている、そんな構図にさえ見えてしまう。
日奈の答えを聞くと、金髪少女は自慢げに上体を逸らして言った。
「よろしい。じゃあ、正直なアンタにこのドーナツをあげます」
「え、いいの?」
まさかの状況に動揺を隠せない日奈。
「うん。ドーナツは一緒に食べると美味しいんだよ」
金髪少女は嬉しそうに日奈にドーナツを一つ差し出した。
日奈はドーナツを受け取り、それをマジマジと眺めていた。
「ドーナツって、そんなに珍しい?」
「いや、別に。何というか、こう、親以外の人にこうして食べ物をもらったことが初めてで……」
金髪少女は急に笑い出した。
「何で、笑うの?」
「いや、そんな人実在するんだって、思って、つい」
「何、それ、嫌味ですか?」
日奈はそう言いながら、表情を曇らせた。
そんな日奈に対して金髪少女は心配そうに、そして焦って弁明していた。
「あー、いや、そういうわけじゃなくて……。別に、純粋に思っただけで……。なんか怒らせちゃったら、ごめん!」
悪気はないと言いながら手を合わせる金髪少女。
確かに純粋にそう感じて、解釈してしまったのかもしれない。
しかしこの時、日奈は自分のことを侮辱されたのだと感じてしまった。だから急激に怒りがこみ上げてきた。その怒りは何に対してなのか、わからなくなりつつある。
「私、帰ります……」
日奈は怒ったまま席から立ち上がり、ドーナツ屋を出た。
ドーナツ屋を出て、すぐに後ろから金髪少女に呼び止められる。
「な、なんですか?」
日奈は怪訝そうに聞いていた。
そんな日奈をなだめるように金髪少女は、
「待って。気に障るようなこと言ったなら、ごめん」
「べ、別にそうじゃなくって……」
日奈は不服そうに答えていた。
金髪少女は心配そうな目で、それでも少し微笑みながら言った。
「あのさ、このタイミングで聞くの申し訳ないけど、アンタの名前聞いてもいい? 覚えておきたくて」
日奈は金髪少女の言葉に呆気に取られていた。
こんな私のことを覚えておきたいだなんて、と日奈は思った。
「私、日奈。別に覚えなくても」
日奈はそんな風に愛想のないように言った。
日奈の名前を聞けた金髪少女はパッと表情が明るくなった。
「そうなんだ。いい名前だね。絶対、忘れない。」
金髪少女は満面の笑みをこぼしながら言った。
そんな嬉しそうな様子を見ていた日奈は、急に顔が赤くなった。
動揺を隠せない日奈は、
「そ、その、もう、帰ります……」
「そ、そうなんだね。私、七瀬真夜。またいつか会ったら、一緒にドーナツ食べよう!」
「うん……」
終始驚きを隠せないまま日奈は、踵を返し、帰っていく。
真夜は日奈の後ろ姿を眺めながら、嬉しそうに手を振っていた。
そんな真夜の姿は日奈には見えなかった。




