八 同級生
図書室を出て中央階段に向かっていると、大小二人組の男子が僕の進路を塞ぐように近寄ってきた。どこかで見た顔だけど、名前が浮かばない。
「やあ、ハル君じゃないか、ちょっといいかい?」恰幅の良い丸顔の方が、過剰な笑みを浮かべて話しかけてきた。演技じみた違和感のある笑みだ。
「ええっと……君は?」と僕は少し警戒した。
体格のいい方が両手を広げないまでも、わざとらしく肩をすくめる動作をした。「ショウタだよ、ホームルームが一緒じゃないか」
彼の腹部は膨らんでいて、貫頭衣に張りがある。
「ショウタ君、何か用?」僕はその丸顔に向かって言った。
「ほらな? 言った通りだろ? こいつも……」大きい方が小さい方に視線を送った。
「 やめなよ」小柄の方が窘めるように言った。それから僕に向き直り「ごめんハル君。彼は人をからかう癖があるんだ。ボクがショウタで、こっちがダイスケなんだ」と大きい方を指差す。
ダイスケは嫌味ったらしくニヤリとした。「クラスメイトの名前くらい覚えておこうぜ」続けて、独り言のように、「まあでも、交流の機会が少なすぎるんだよな」と愚痴をこぼした。
「それで、何か用?」僕はぶっきらぼうに切り返した。
僕も悪いのかもしれないけれど、どうにも居心地が悪い。さっきの男性もそうだけど、ダイスケのリストバンドはいったい彼のどんな生体情報をモニタリングしているのだろうか……見るからに栄養過多なのに。
「ごめんね」とショウタがまた謝罪してきた。「体育祭の話でさ。団体競技は多数決で決められるから、フットサルに投票をして欲しいんだ」
「でも僕はフットサルやったことがないよ」
「大丈夫。ルールならオレが教えてやるから」ダイスケが言った。「それに期待はしていないし、人数合わせで出てくれればいい」
いちいち気に障るような言い方だ。「フットサルってボールに頭突きするでしょ?」と僕はショウタの方を見た。
「ん?」ショウタは首を傾げた。
「なんとなく、頭に良くなさそうだなって」と僕はダイスケをチラリと横目で見やった。
ダイスケが鼻で笑った。「それサッカーと勘違いしているだろ? フットサルはヘディングなんて滅多にしないぜ。君、成績が良いらしいけれど少しは体も動かした方がいい」
君には言われたくないね、と僕は言いかけたが、言葉が喉で詰まって言えなかった。
「頼んでいるのにそんなこと言っちゃだめだよ。ダイスケ君」とショウタが割って入った。
「……なあ、頼む」
僕は一息ついてから「考えておくよ」と答えた。
「それじゃあ出る気になったら声をかけて。練習に誘うから」
「ショウタのためにも頼むよ。こいつフットサルが好きなんだ」とダイスケはショウタを指差し、企み顔になった。「こいつの夢はな……」
ショウタが慌ててダイスケの指を掴み、続きを阻止しようとした。
ダイスケは仰け反りながら「いつか地上でサッカーをすることなんだ」と続けた。
「別にいいじゃないか」
「じゃあなんで止めるんだよ」とダイスケがショウタの手を振り払った。
「はあ」と僕は思わずため息をついた。「もう行っていいかな?」
「繊細な話題でしょ? それに、キミだって海が見える温泉に入りたいとか。あわよくばコンヨ……」
「混浴なんて一言も言ってねえよ」とダイスケは声高に言い、すかさず荒っぽくショウタの首に腕を回した。
「イテテ……苦しいってば……わかったから」
ダイスケは顎を突き出してショウタを締め上げている。
「君みたいな乱暴者が……なんで入院しないのか……不思議だ」とショウタがもがきながら言った。
「こら、何をしているんだ。離れなさい」と大人の声が響いた。
黒衣に注意を受けて、僕らはすぐに距離を取った。
「ほら、もう行こう」とショウタは言い、ダイスケの背中を両手で押しながら僕から離れていく。「じゃあハル君、よろしく頼む」
「どうせあいつは出てくれないぜ」ダイスケの太々しい声が僕の背後で聞こえた。