つぐない
何かに触れられたような彼の憤りは、今までに感じたことのない域に達していた。そして、何を為出かすか分からない彼に、私は内心怯えていた。彼は拳をつくり、それを私に向ける。関節が折れ曲がったその拳はただならぬ狂気と度胸に満ちていた。ついに拳が動いた。私は誰に向けられているのかが判明すると、すぐに防御体制に入った。しかし、もう遅かった。私の皮膚はきれいに剥け、赤い肉を晒していた。だが、そこには鮮赤色の液体がじゅるじゅると流れ出していたため、中身を確認することはできなかった。液体の生ぬるさとぴりぴりとする痛みがただただ気味悪く、正気ではいられなかった。反撃するにも、彼に勝てないという自覚が脳内を支配しているために、私にはそれができなかった。彼に思い知らされた瞬間だった。私はようやく自分の罪を知り、痛みが更に増したような気がした。これ以上動くことはできず、拳を食い込ませられた皮膚が外気に触れ、我慢出来ないほどになっていた。彼と目が合う。私はこれ以上何をされるか分からなかったため、目で申し訳無さを訴えることしかできなかった。ただ、自分がいかに無様で終わっている人間であるかは、はたから見たらすぐ分かることだった。彼はそのまま私の傷を養護することも、危害を加えたことに動揺することもなく、その場を立ち去った。肩の荷がようやくおりた。と思ったその瞬間、私から少し離れた距離で空気が振動し、こちらへ伝わってきた。「逃げるなよ。」私はもう終わったと思い、目をつぶり、現実の世界を遮断した。体の痛みは否応なく感じられるものだが、目の痛みは視界を閉ざしてしまえばもう感じない。理にかなっているのかわからない私の思考が脳内を駆け巡る。正常な判断が何一つできないまま、生死をさまようばかりであった。ようやく鮮赤色の液体の噴出も終わり、私はバタリと床に倒れた。私の最期は恐怖と、緊張と、情けなさと、苦しさと、諸々で幕を閉じた。こんなにひどい思いをした人間を私は見たことがない。そんな惨めな誇りに微笑しつつも、犯人を貶める計画を密かに脳内で練っていた。