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第1章 第2話 一歩

 流水朔夜が忙しい日々を送っているのは知っている。朝は高級車に送られ、授業は真面目に受け、授業と授業の間は交友関係を深め、放課後は様々な習い事をしている。従って俺と彼女が会う機会は昼休みしかない。



「遅いですよ」

「昼休みが始まってまだ5分だろ」



 予想通り既に屋上にいた流水が注意してきたが、タイミング的には悪くないはず。なのになんで……。



「そうじゃなくて! なんでこの時間に登校してきてるんですか!」

「あぁそっち……」



 確かに優等生からしたらこの重役出勤は理解できないだろう。だがこれは全て計算した上のことだ。



「今日の午前の授業は充分出席してる。出席不足で落単なんてことはないよ」

「そういう問題じゃ……はっ、これが悪……。考えてみたらすごいロックかも……!」



 ただ遅刻しただけなのに好意的に捉えてくれたところで壁を背にして座る。今日もいい天気だ。



「それより見てくださいよ。だいぶギャルっぽくてやばくないですか?」



 流水が俺の前に立ってくるりとターンする。スカートの短さは昨日と同じだが、今日は学校指定ではないピンクのセーターを羽織っており、あえてサイズの合わないものを着ることで萌え袖を作っていた。ニーソックスも相まってギャルというよりかはぶりっ子って感じだが、まぁ遊んでいる空気は出てるな。後は……。



「ちょい座れ」



 座ったまま脚を広げ、その間に入るよう手招きする。



「は……はぃ……」



 それに顔を赤くした流水だが、こくりと頷いて俺に背を向け座ってきた。



「そ……そういう体位ってやつですか……!?」



 中途半端な知識を口走る流水を無視して髪を弄っていく。女子の髪のアレンジの勉強のために遅刻してやったんだ。まずは試してみないとな。



「昼休みの間だけおしゃれしてもしょうがないだろ。これくらいならクラスでも大丈夫なはずだ」



 驚くほどサラサラした長髪を触り俺が作ったのは、右サイドだけのわずかな編み込み。これくらいなら清楚な流水のイメージを崩さず、それでいて洒落ていると言えるだろう。



「わ……わぁ……!」



 流水も気に入ってくれたのか、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら自撮りを繰り返している。満足してくれたようで何よりだ。



「わざわざ覚えてきてくれたんですか……!?」

「別にお前のためじゃない。俺のついでだ」



 という言い訳作りのために編み込みを作った俺の髪を見せる。その瞬間興奮で紅潮していた流水の顔がさらに赤くなった。おそらくそれは、俺も同じだろう。



「ペ……ペアルック……!」

「…………」



 全く意識していなかったが、言われてみればその通りだ。俺は自分の顔を隠すように参考書を開き、何も答えず勉強を始めた。



「あ……そういえばそういう約束でしたね。如月くんがギャルを教えてくれる代わりに、私が勉強を教える。任せてください! 学年一位の力見せてあげますよ」

「いやいいよ」



 俺の隣に座った流水を制す。これは照れ隠しじゃない。俺の本心だ。



「お前に教えてもらったら成績は上がると思う。でもそれは俺の力じゃない。優秀なお前が見てくれたからだ。それじゃ意味がないんだよ。俺は俺の力で、馬鹿にしてきた奴らを見返す。わからないことがあったら訊くけど、それ以上は必要ない」



 他人の手を借りてレールに戻っても仕方ない。結局進むのは自分自身なのだから。



「……決めました」



 午前が潰れた分勉強に集中しようとしていると、隣の流水が力強く立ち上がった。



「私、午後の授業はこの格好で過ごします」



 うちの学校は勉強一筋なだけあって、校則自体は緩い。だからいくらスカートを短くしようが制服を着なかろうが問題はないが……。



「いいのかよ。イメージ崩れるぞ」

「イメージを崩したいんです。私は私の道を歩く。そこに誰かの感想はいりません。これが私の生きたい人生ですから」



 鼻につく優等生が勝手に堕ちようとしている。止める理由は何一つない。だがそれが誤りだった。



「だから如月くんも授業に出ましょう」



 止まらない流水が俺を無理矢理立ち上がらせたのだ。



「……言っただろ。俺は俺の力であいつらを見返す」

「それで? その後はどうするんですか? 元のレールに戻りたいのなら、いずれ授業に出る必要があるでしょう?」



 確かにその通りだ。その通りではある。でも俺は……。



「大丈夫、私がついてます。一緒に人生を変えましょう!」



 やはり流水に手を貸したのは間違いだった。落ちぶれ、逃げてきた人生が変わっていく。確かにその音が聞こえてきた。

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