ない
俺の人生は普通とは言い難い。
幼い頃から厳しい両親に育てられた。兄弟は、弟が1人。それに祖父と祖母の6人家族だ。
俺の家族は変わっている。
父親は一流企業のトップ、母親は有名な女優、祖父と祖母は総合病院を経営しており、弟は有名私立中学に通う学生である。
これだけ見たら普通よりちょっとすごいだけの、単なるお金持ち家族だと思う人たちもいるだろうが、俺が変わっていると言っているのはこの事では無い。
では、変わってるとは一体なんの事だって?
__________俺たち家族は全員「殺し屋」なのだ。
いつからか世界中の海に今まで発見されてこなかった島がいくつも現れた。
世界の人口が増えた事により、その島を都市化する計画が進められ、現在新たな都市として認定されている。
俺たち家族は12年前にこの都市に移り住み、幼い頃からずっと殺し屋としての訓練を倒れるまでやらされた。中学に上がった最初の年に、任務を任され俺は初めて人を殺した。
__________午前6時。
いつもの時間に目が覚める。
両親の教育により起きる時間は毎朝6時と決められている。家族全員がそうだ。
顔を洗いまた自分の部屋に戻ると、今日から俺が通うことになる私立英明学園の制服に袖を通す。
白いワイシャツに黒のブレザーを羽織り、グレーの少し細めのズボンを履く。赤いネクタイをしめて、改めて鏡の前に立つ。
俺の家系は全員身長が高めだ。そのせいか、中学を卒業するときまでに身長は175cmまで伸びていた。黒い髪に、切れ長の大きい目、そこそこ高い鼻に薄めの唇。女優の母親の遺伝が強いせいか、幼い頃から兄弟揃ってイケメンだともてはやされてきた。
制服の襟を整え、学園指定の茶色いカバンを持つとリビングに降りる。
「おはようございます」
母の家事の負担を減らすために父が雇った家政婦の藤森さんに挨拶をする。
「おはようございます京さん。制服とてもお似合いですよ」
朝食の準備をしていた手を止めて、にこやかに俺の前で挨拶をする。
「ありがとうございます」
俺が朝食の和食が並べられているうちの自分の席に座ると、藤森さんが味噌汁を持ってきてくれる。
「沢山召し上がってくださいね」
「いただきます」
手を合わせて食事を始める。
しばらくして弟の令が白いブレザーを身にまとってリビングに現れる。俺と同じ黒髪を少し長めに伸ばしている。顔は似ているとは言われるが、令の整った顔は両親のいい所を全て取り尽くしたようだ。鼻や唇の形は俺と似ているけど俺より目は丸く大きく、少し幼さを感じる顔立ちをしている。
「おはようございます、兄さん!」
「おはよう」
令は俺の隣に座ると大好きな和食を嬉しそうに食べ始めた。
「兄さん、制服とっても似合っていますね!」
「令も来年はこの制服だな」
「はい! 楽しみです!」
令の性格は明るくて人懐っこく、いつも沢山の人に囲まれている。
俺はそんな令を内心羨ましく思っていた。俺の性格は令とは正反対で無口で人と関わることが苦手だ。だから高校に上がるこの時期を楽しみだとは到底思えなかった。
食事を終え、さらに身支度を整えて大理石が敷き詰められた玄関で新しいローファーをはく。
と同時に、玄関のドアが開いた。
父が帰ってきたのだ。
「入学式か」
俺の姿を見て、低く落ち着いた声で言う。
「はい。いってきます」
俺は父に軽く頭を下げると玄関を出た。
「周りには気をつけろ」
ドアが閉まると同時に父が言った。
周りに気をつけろというのは幼い頃から俺がいつも言われていることであった。
いつどんな人物が、自分達のターゲットになるか分からない。反対に身近な人物に、生命を狙われている可能性もある。だから常に周りを見ろ。特定の人物と仲良くしすぎるな。と、言われ続けてきた。
もともとお人好しな性格だったこともあり、交友関係を持つことで仕事に悪影響を及ぼすからだろう。
反対に両親は弟に対しては、優しく接し自由にさせてきた。令は、例え友人であろうと、任務となれば躊躇なく殺す。どちらかと言えば優秀なのは弟の、令の方なのだろう。
そのため俺は、幼稚園、小学校、中学校と友人ひとり出来たことがない。
でもこれでいい。「殺し屋」として仕事をこなすにはこうした方がいいことは分かっている。
「あ、あの……」
家から15分ほど学園に向けて歩いていると、後ろから突然声をかけられた。
振り返ると、同じ制服を身にまとった金髪ボブの女の子が泣きそうな顔をして立っている。大きな瞳にピンクの頬、綺麗な桜色の唇をしていて、茶色い瞳にはキラキラした水が今にもこぼれそうになっていた。
「はい」
女の子が震える声で続きを話す。
「私、今年英明学園に入学する、如月渚紗といいます……」
「高嶺京だ」
「京……さん、よろしくお願いします」
渚紗という女の子はペコリと頭を下げる。
「あぁ」
「それで……学園に行く途中に猫を見つけて追いかけていたら、迷子になってしまって……学園の道がわからなくなってしまったんです。だから京さん、一緒に学校まで行っていただけませんか……?」
大きな目に涙をためながら、上目遣いで俺の顔をのぞきこんでくる。
「構わないが」
「ありがとうございます!!」
涙が引っ込んだ。今度は子犬のような目で嬉しそうに俺を見つめると横に並んで歩き出す。
「あ、あの!京さんも、1年生ですか?」
「あぁ」
「良かったです! 仲良くしてくださいね!」
「そうだな」
正直、友人というものが出来たことがない俺にとって、嬉しい言葉ではあったが、「特定の人物と仲良くしすぎるな」と言う父の言葉が頭をよぎる。
「あ、私の事は渚紗と呼んでください!」
「な……ぎさ」
「はいっ!」
友人がいなかった俺にとって、呼び捨てで呼ぶのは仕事でのターゲットか弟の令以外初めてだったので戸惑った。
そこから数分歩き、俺と渚紗は英明学園にたどり着いた。
英明学園は、都市内屈指の名門私立高校である。英明学園と書かれた銘板の横には大きなもんがそびえ立っている。そのまま門を抜けると、豪華な学園の入口には人だかりが出来ていた。
「クラス、同じだといいですね!」
どうやら、この人だかりの原因は自分がどこのクラスに振り分けられるのかを見るためのものらしい。自分のクラスを確認した生徒たちが次々に学園の中に入っていく。
しばらく待っているとようやく人だかりが少なくなってきた。俺と渚紗は学園の入口に貼られているクラスの振り分け表を確認する。
「5組……京さんも同じクラスですね!」
俺が見つけるよりも先に、隣に居た渚紗が声を上げた。どうやら俺も渚紗と同じ5組らしい。
この学園は1クラス40人、1学年5クラスとなっていて、計200名が入学する。
俺と渚紗は学園の入口に入ると、5組と書かれた靴箱に向かう。俺の名前が印字されたネームプレートが挟まれている靴箱を見つけると、履いていたローファーを脱ぎ、持ってきていた室内用の靴に履き替え、教室に向かう。
席はあいうえお順に並んでいて、俺の席は真ん中の列の1番後ろだ。渚紗は、窓側の後ろから2番目の席だった。
席に着いた俺は特にすることも無く、既に教室に来て友人作りを始めている同級生たちの様子を眺める。
皆友人作りが上手いらしい。渚紗ももう複数人の女の子と話し始めている。
この時間がいつも憂鬱だった。
「あ、隣の席お前かー!」
俺の右隣の席に座った男から急に指をさされたのでその男の方を見る。身長は俺と同じくらい、いやもう少し高いのかもしれない。茶色い髪を少し跳ねさせ、ニッと笑うと八重歯が覗く。
「俺、日神陸! 陸でいいから! よろしくな!」
なかなかの声量でそう告げると、陸という男は右手を差し出す。俺はその手を掴んで、
「高嶺京だ」
そう告げると、陸は俺の手を強く握り返してブンブン振り回してくる。
「よろしくな! 京!」
「あぁ」
俺は素っ気ない返事で受け流す。もちろん仲良くする気は無い。
「京って高嶺徹と高嶺透子の息子だよな?」
高嶺徹、高嶺透子とは俺の父と母のことである。父は一流企業のトップ、母は名の知れた女優のため、俺の両親を知っている者はこの学園にも多くいるだろう。
「そうだが」
「やっぱり! 京って2人に似て美形だからすぐ分かったよ!」
「そんなことない」
「いや、あるって!!」
こんなやり取りをしているうちにグレーのスーツを着た男の人が教室内に入ってきた。
「入学式を始める。廊下に並べ」
次々に生徒が廊下に出始める。
「京、俺達も行こうか!」
陸の後に続いて俺も教室を後にする。適当に2列に並ぶように支持され、最後に教室を出た俺と陸は列の最後尾へ並ぶ。
5組の前には同じ階の、3組、4組も同じように並んでいる。3組が動きだし、続いて4組、5組と順番に列が進んでいく。
階段を降り、渡り廊下の先には体育館が見えてくる。体育館の入口でー礼して順番に入っていく生徒たち。俺たちの番がやってくる。前の人の動きを真似て、一礼して列が進む方向に続き、1番後ろの席に着いた。何故か隣には1席、空席があった。
入学式恒例の、学園長の式辞、来賓紹介、この学園の現生徒会長の歓迎の言葉を順に終える。
「新入生代表挨拶、神志名柊花」
名前を呼ばれた女の子が1組のさらに向こう側の席で立ち上がり、壇上に向かって歩き出す。その瞬間体育館は、ざわめき出した。
「うおー、すっごいきれい」
目が余程いいのか、隣に座る陸が女の子を見てぼそっと呟く。
5組からは位置が遠く顔はよく見えないが、紫がかった綺麗な癖のない髪は腰の辺りまで伸びている。歩き方、階段の上り方までひとつひとつの動きが美しかった。
女の子は深々とお辞儀をすると
「穏やかな春の日差しの中、わたくしたち200名は私立英明学園高等学校の入学式を迎えることが出来ましたことを、大変嬉しく思っております」
女の子が話し始めると、その透き通るような声に体育館の中が一気に静まり返る。
それから女の子が話終わるまで誰も一言も声を発することはなく、食い入るように彼女を見つめていた。
また深々とお辞儀をし、先程の階段とは反対のこっち側の階段から降り、真っ直ぐ俺の方に向かって歩いてくると、横にある空席だった場所に腰掛ける。
俺の隣にいた陸が女の子に声をかける。
「俺、日神陸! よろしく柊花さん!」
小声で言い、先程の俺の時と同様に女の子に手を差し出す。
「神志名柊花と申します」
その手を両手で取り、俺の前で2人の手が握手を交わす。美人の手を触れたと、隣で喜んでいる陸を横目に見る。
「あなたのお名前、教えていただけますか?」
今度は俺の肩を小さく叩き聞いてくる。彼女の方を向くと吸い込まれそうな綺麗な黒い瞳が俺の方を見ている。
「高嶺京」
「高嶺……京さん、素敵なお名前ですね」
俺は差し出された手を取って握手を交わすと前に向き直る。
「わたくしの事は柊花と呼んでいただければ嬉しいです」
「わかった」
先程は遠くてよく見えなかったが、間近で見るとたしかに綺麗な顔をしていた。肌は雪のように白く、ガラス玉のような大きな目、白い肌に映える赤みがかった唇が妙に目を引いた。誰が見ても美人と言える端正な顔立ちをしていた。
「もしかして、徹さんのご子息でいらっしゃいますか?」
「あぁ」
閉式の言葉を述べている教頭を見ながら簡潔に答える。この学園には会社を経営する財閥のご子息、ご令嬢が多く在籍している。その中でも俺の父は他の会社のトップが一目置いている経営者である。この学園に通う者の親であればほとんどが知っているであろう。
「やっと見つけました」
俺にはよく聞こえなかったが小声で何か言った後に、柊花がクスッと笑った。