漆黒と真紅~恋をするのは情報屋とお嬢様~
午前二時を過ぎようとしているとき、路地裏から男の叫び声が聞こえてきた。
「なんでだよ!? 頼むから教えてくれよ!」
男と向き合うように全身を黒いローブに包んでいる姿がある。
それが懇願するような男へ静かに言い放つ。
「その質問は三万だな。まあ、一万も払えないようなら知り得ないことだろうがな」
「な……、くそっ」
突き放すような言い方に心を折られた男は、悪態をつき、表通りへと帰っていった。
「相変わらずサービス精神にかける商売だねぇ」
男とすれ違いにローブ姿の前に現れたのは十代半ばほどであろう少女だった。
気の抜けた声でたらたらと続ける。
「そんなことだとお客さんいなくなっちゃうよー。だいたいファルにそんなローブ似合わないって。今どきの服見繕ってあげるから今度一緒に出かけようよ」
ファルと呼ばれたローブ姿は男と話していた時とはまるで対照的な明るい声で返す。
「これじゃないと年齢とかバレるだろ。それにキシアの服装は控えめにも今時とは言えないぞ。むしろ超個性的だ」
「えー、このポンチョお気に入りなのになぁ。だいじょうぶ、今に流行るよっ」
「なに楽天的なこと言ってるんだか。それより、こんな時間にいいとこのお嬢様がなんで寂れた裏路地にいるのかな?」
ファルの言う通りキシアはこの場の雰囲気からは逸脱していた。深夜ということもあって裏路地は閑散としているし、お気に入りのポンチョは派手な赤で、腰まである髪はほんの少しの明かりでもわかるほどに金色だ。
しかし、キシアはどうしてもファルに聞きたいことがあるため、わざわざ屋敷を抜け出して身を危険に晒しながらもここに来たのだ。もちろん、ファルに対しての恋心は関係ない。
「この国一の情報屋のファルを見込んで聞きたいことがあるの」
言葉を続けようとするとファルがにやりと笑った。なんとなく見透かされている感じが嫌だったので開きかけた口を無理やりに閉じる。
「どうせ明日の誕生日から始まるお見合いのことだろ? 情報は持ってるからな、教えてやらんこともないが、幼馴染だからって安くはしないぞ」
善意の情報提供ですらお金を取ろうとしていた。
私はこんな幼馴染を好きになってしまったと思うとどこか切ない。しかし、今回は目を瞑り問題の解決に力を傾けよう。
「耳早いねぇ。どこからそんなに情報を手に入れてるの? まぁ、いいよっ。お金なら払うから教えて。ただ、ここだと話しづらいから場所を移したいなぁ」
「わかった。商売のためだ、俺の住処に案内しよう。といってもこの裏なんだけどな」
からからと笑うファルに連れられて小さな家の一室にお邪魔することになった。どんな家だろうと想いの人の家だ。少なからず緊張する。
意を決して足を踏み入れた部屋は妙に片付いていた。正確には、ベット以外に何もなかった。
「えっと、ずいぶん片付いてるね。ここで仕事とかするの?」
さすがに褒める要素がなかったので別の話題をふってみる。
「魔法」
ぼそり、と呟いた単語が予想外のものだったので思わず「え?」と聞き返してしまう。
「だから魔法だよ。さっきどこから情報を得てるかって聞いただろ? それは魔法の力だってこと。幼馴染のサービスだけど、かわりに詮索はなしな。一応、違法だから」
いつもと変わらぬ調子で喋るし嘘を言っている風でもない。だが、簡単に信じられる話題でもなかった。
キシアがぼーっとしているのを無視しファルが続ける。
「俺の魔法は情報操作が得意だからな。当然、今回のお見合いの話も知ってる。ようは相手を知りたいんだろ?」
お見合い、という単語に意識を引き戻されると次々に疑問が湧いてきたが、まずは質問に答える。
「うん。誕生日の日にお見合いだし、最悪その場で決まっちゃうみたいなの。そんなプレゼントは欲しくないからさー」
「相手が俺でもか?」
「ふぇ!?」
何を言っているかわからない。
「キシアは俺のこと好きだろ? いい贈り物だと思ったんだが……」
そう言って顔を背けるた。その頬はかすかに赤みを帯びている。
その態度が私をますます混乱させる。
「そうだけど! いやそうじゃなくてっ。それ本当!? どうやって知ったのっ? あ、魔法!?」
大慌てする私を楽しそうに見るファムは、笑いながら言う。
その顔は今まで見た中で一番に輝いていた。
「ははは、その情報は高いぜ?」
あのあとも何か話した気はするが正直覚えていない。
そして、翌日のお見合いは予定通り行われた。
緊張しながら部屋の扉を開けた先に待っていたのは、真っ赤なローブ姿の男の子だった。