朝は再会する
「疲れたぁ」
扉を開けた朝の第一声に、その場にいた全員が驚いて振り向いた。
「あ、ごめんなさい。お客様」
慌てて朝は習ったばかりの巡礼者のお辞儀をした。手の甲を相手に向けたまま腕を組み、軽く膝を曲げて会釈をする。
「ああ、元気そうで良かった」
「え?」
渋面のハバラの隣に腰かけている尼僧が、微笑みながら朝を見ている。その後ろに長い旅装用のマントを腕に抱えた男とギュイットが立っていた。
「さあ、さあ、こちらへお掛けなさい。疲れたでしょう。お茶をいただいていたのよ」
手招きする尼僧に「あ、はい」と間の抜けた返事をしながらハバラを窺った時、朝は目の前の人が誰だかわかった。
「あ、あの時の」
「ふふふ、あの時はおもてなしもできなくてごめんなさいね」
砂漠を越えてやっと辿り着いたあの町の、小さな店と思われるところで、おそらくハバラに関係した人だと思った、あの人が目の前に尼僧の姿で座っている。
にこにこと顔中を笑顔にしているのに、目元が少し潤んで見える。朝も目元を潤ませながら駆け寄った。
「……良かった」
あんな騒乱に巻き込まれて、無事でいるかと、1度ならず心配していた。尼僧の格好をしているということは、朝と同じように尼僧に扮して脱出したのだろうか。
「ええ、ええ、本当に良かった。あなたに何かあったら、この、ええっと、ハバラをどうしてやろうかと思っていたのよ」
「そんな。こうして無事にここまで連れてきてもらって、それにすごくあの、良くしてもらって」
そうだろうと言うようにハバラが口の端を動かしたのが見えて、朝は少しばかりムッとした。
「ここに着いた時はかなり疲れていたようだったと聞いたのだけれど、もう大丈夫そうね」
「はい、すっかり」
「良かったわ。いまはフォン師のお手伝いをしているのですって? きっとしごかれているのでしょう。それは疲れるわよね」
悪戯っぽく笑う人に、朝は部屋に入ってきた時の無作法を思い出して頬を染めた。
「いえ、それほど。あ、あの、フォン師をご存じなのですね」
「そうね、よく、というほどではないけれど」
手を取り合って話していたふたりがやっとお茶に手を伸ばした時、傍らに立っていた男が「お話中に恐れ入りますが」と口を挟んだ。
「私はこれで」
「まあ、もう?」
「ええ。急ぎますから」
「でもまだ着いたばかりじゃないですか。お礼もろくにしていませんのに」
「いいえ、いつもよくしていただいていますから。こちらこそもっとお手伝いしなければいけないのに、申し訳ありません」
「とんでもないわ。せめて」
その後をギュイットが引き取った。
「必要な物は私が手配しましょう」
ギュイットはいつものように速やかに部屋の扉まで移動し、少なからず驚いた顔をしたが、それでもそれを声にしなかっただけ肝の据わっている男と一緒に出て行った。
「本当にいろいろな事が急に変わってしまって」
溜息をついた後、尼僧の被り物を外したその人は、朝をじっと見ながら続けた。
「気づいていたかもしれないけれど、この人は何も言っていないでしょうから改めてお話するわね。私の名前はフィンダサーナ。この人の母親なの」
――やっぱり。
こうして間近に、明るいところで見れば、彼女は、フィンダサーナはハバラによく似ている。くっきりとした目、スッと通った鼻筋、意志の強い口元。黒く巻いて伸びた髪は艶やかで、ハバラの母親というより、年の離れた姉とも見える。
「とにかくお茶をいただいてからにしましょう」
「はい。ありがとうございます」
ポットから湯気のたつ2杯目を注いでもらいながら、朝はあの日から遠くまできたことに目眩を感じていた。