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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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恩師、三つ子を思う

 先生と呼ばれるようになってもう数十年の月日が過ぎた。と、三つ子の恩師は来し方を振り返った。

 先生と言っても、教えることは学問だけではない。日常の揉め事の仲裁もすれば、寺院で宗派の教えまで多岐にわたる。そのどれをとってもなかなか正解に行きつくことはなく、いつでも迷いながら教えているようなものだ。

 三つ子の恩師は夜と昼にジオラマを用意するために、秘蔵の貴石をひとつ売り払った。もちろん、ジオラマは貸し出しただけだから最終的には学校のためだと思っているが、そこまでして要るものだったかと問われれば、即答はできない。

――いや、必要ではある。

 内乱、紛争、戦いはいつの時代もどんな国でもおきる。勝敗に関係なく国は変わる。だが地形はよほどのことが無いと変わらない。近隣に火山が無く地震も無い。気候による災害はあっても地形が変わるほどのことは記録にも残っていない。記録に無いからといってこれからも無いということではないが、地形が変わった時には、ジオラマも造り変えてしまえばいいと考えた。

――備えもいる。

 ジオラマを用意した時、一緒に1頭のラバを買った。これまでは村のラバで事足りていたが、三つ子の家に行く時、村の誰かに頼んでいては時間の都合がうまくいかない。それに今の情勢を考えると、移動できる手段が必要だった。馬には乗れないが、ラバならなんとか御することができる。万が一、誰かになにかがあった時、この村になにかが起こった時、連絡することもできないでは困る。三つ子以外にも、大事な教え子はみんな村にいる。

――自分の名前も忘れたのだが。

 先生としか呼ばれなくなり、村から外へ出なくなると、自分の名前が不要になった。もともと内省的で、会合などはすべて弟子達任せにしている。

 しかし自分の名前は忘れても、三つ子の本当の名前は憶えている。

 三つ子が生まれた時、学校へ通うようになった時、両親がいなくなって3人で暮らさなければならなくなった時、節目節目で名前が必要になる時は、さすがに通り名ではいけない事もある。そんな時でも、なるべく使わないようにしている。

 自分以外の人の前でその名を口にしないのは、三つ子の両親が移民としてきた時の事情によっているのだが、それを三つ子に伝えることもしないと誓っている。

「先生、ラバの散歩を終えました」

「ああ、ありがとう。面倒が増えてすまないねぇ」

「いえ、可愛いです。もっといてもいいです」

「おやおや、そうだねぇ。もう1頭ぐらいいてもいいかもねぇ」

 年若い弟子は、三つ子の家に使いにやると、いつも真っ赤な顔で帰ってくる。それでも進んで村から外れた家に行ってくれる優しい弟子だ。

――見分けてはいないのだろうが。

 これまで3人並んでいても見分けられる人はほとんどいなかった。だが、今ではどうだろう、と考えてみる。

――昼も夜もずいぶん変わった。

 これまでも間違えたことは無いが、いまではひとりで来ても誰かはすぐにわかる。これまでは雰囲気が違うというぐらいだったのが、もっとはっきりとわかるようになった。

――朝も変わったのだろう。さて。

 夜に見せてもらった手紙には寺院の名前はおろか、国の名前も何も書かれてはいなかったが、おおよその方角はわかった。

――このままにしておいていいものか。

「あ、あの、先生、今日はお使いはありませんか」

 ほんのり頬を染めて問いかける弟子には気の毒だったが、今回は首を横に振るしかない。最近、出費が過ぎる。これ以上はあらぬ疑いを持たれることになりかねない。いまでもかなりの綱渡りなのは間違いない。

「今日はないねぇ。あ、そうそう、でも新しい種類が上手く根付いたかを聞きに、薬草園に行ってきてくれるとありがたいねぇ」

 行きたい方とは違う方角ではあったが、弟子はかろうじて気持ちを顔には出さずに答えた。

「わかりました。喜んで」


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