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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は鍵を見る

「お前の顔が珍しかったからというのもあるだろう」

 そしてそれは2番目の理由にも繋がる。

「内乱が起きたあの国の砂漠に挟まれていないこちら側はもれなく影響が出てきている。あちら側の情報はまだ少ないが、こちら側ではどこにも国を追われた人が増えた。増えたところで余裕は無いと、そんな人たちを排斥する国も出ている。商売の流れが滞ってきているから、どの国もぴりぴりしているし、国の政が落ち着いていない国では、飛び火に巻き込まれないかと不安に駆られている」

「この町にも流れてきた人が増えているんだ。ここは出入りの多い国だから排斥まではいかないけれど、警備は前よりも厳しくなった。腕輪を付けている?」

 ギュイットは朝の方を向いて首を傾けた。朝は左手首を見ながら「はい」と答える。

「そういったものが無くてもある程度身元が保証できればどこへなりと行けたんだが、中心地に入るためには腕輪が必要となってしまった。それは鍵だからね」

「鍵?」

 ギュイットの顔がハバラへと向けられた。

「説明は?」

「まだそこまでは」

 ハバラが肩をすくめたのが見えたかのように、ギュイットは微笑んだ。

「説明はきちんとしなさい。細かなことまで意味を伝えなさい。誤解のもとだ。誤解は争いを生む」

 それからギュイットは朝の方へ顔を動かし、再び微笑んだ。

「ハバラは、まだハバラではない名前があったころから知っている。もともと無口な男だ。きっとあなたを不安にさせることもあるだろうが、悪気はない。だが悪気がないからいいというものではない。なにか不安だったり、知らないわからないと思うことがあったなら、遠慮なく聞きなさい。問われて答えられないことは、きちんと答えられないと言うだろう。修行として、いや、人としても嘘はいけないと身に染みてわかっているはずだ」

 ハバラも再び肩をすくめた。嘘を吐かれたと思ったことは無いが、言わないでいたことはたくさんあるだろうと朝は考えた。それは必要だと思えば言ってくれたことに違いないから、そこをとやかく言うつもりもないし、ここまでの道のりを考えると、落ち着いて話ができる時間もそれほど持つことはできなかったのだから、説明が足りないとしても仕方ないと思える。

「大丈夫です。私もわからないことはわからないと言っているので」

 朝のきっぱりとした返事に、ギュイットが小さな声をあげて笑った。

「頼もしいな」

 その言葉を聞いたハバラが顔を顰めたが、それをギュイットが見ることは無いので、朝はそのまま「ありがとうございます」と続けた。

 ハバラはふっと息を吐いてから、「珍しい顔の尼僧なら、どこかの国にふっかけられると思ったから、牧童のひとりぐらいなんとかしようと思われたのだろう。そのぐらい珍しいということは、悪意のない人にとっては恐れられることもある」と言った。

「怖いってこと?」

「わからないものは怖い。誰でもどんな国でも。こうして流れてくる人間が増えれば怖いものも増える。だから目立つ顔立ちだと注目を浴びやすい」

 それで目立つ目立つと言われていたのだろうか。

「この寺院なら他の宗教もあるぐらいだから目立っても見とがめられることはない。情勢を見ることもできる」

「その鍵は」

 ギュイットが続ける。

「以前なら必要は無かったが」

 ハバラが小袋の石を朝に託し、なにかあったらこの寺院を目指せと言ったことがあった。朝は確かにその時は腕輪が必要だと言われなかったと思い出して頷いた後、これだけではギュイットにはわからないと慌てて「そうなんですね」と付け加えた。

「いまでは鍵が必要になってしまった」

「鍵、なんですか。ええっと、どこの鍵でしょう」

 ギュイットは微笑みを浮かべていた顔をひきしめた。

「安堵の鍵。信頼の証。真実の守り」

「でも」

 これは偽造品だけれど。

 朝が飲み込んだ言葉を、ギュイットはわかっているというように、また、微笑んだ。


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