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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は元気を取り戻す

 港町の寺院は広い敷地いっぱいにたくさんの建物が林立している。どれも屋根が高く、塔が連なっているが、面白いことに高さによって丸屋根の色が違う。1番高くて大きく丸い屋根は青色で、低い塔は薄い黄色である。海と太陽の色だとハバラが教えてくれた。

 朝はこの寺院に着いてからこの数日、とにかく体力を戻せと、祈りの時間すら部屋で行うことを許された。院長は世話焼きで説話をするのがとても好きだが、さまざまなことに寛容で、強要をしない。ここの寺院には中庭にいくつか他の宗教の建物まである。港だからさまざまな国の人々が行きかう。信仰も数えきれないほどあるものだ。

 何日目か、食事を持ってきたハバラが、「ずいぶん顔色が良くなったな」とほっとしたように言ったのを聞いて、朝は自分がどれだけ心配をかけていたかに気がついた。ここまで気がつかなかったことが、朝の疲れを物語ってもいる。

「ありがとう。もう大丈夫みたい」

「無理はしなくていい。院長には大まかな話をしてある」

 ハバラは新しい僧服を朝の横に置いた。

「食事を済ませたら着替えるといい。まあ、大丈夫そうなら挨拶にいこう」

「大丈夫だと思う。来た時に挨拶をしたきりだし、お礼を言いたいわ」

 挨拶をしたというより、一方的に話を聞かれたという感じだったが、不快ではなかった。むしろ普通の状態だったらずっと話を聞いていたいと思うだろう。院長になるぐらいの人はそんな人が多いのかもしれない。グラカエスも話をするのも聞くのも上手い人だったと、朝は思いだして、ほんの少し前なのに懐かしい気持ちになった。

「わかった。なら食事の後に時間をとってもらおう」

 ハバラが食事をして戻った時には、朝は体を拭いて着替えまで終えていた。



「院長のカーラコイルだ。かなり疲れていたようだから、名前も忘れてしまっただろう」

 院長はそう笑った後、朝の返事も待たずに「うん、顔色もいい。もう大丈夫だな。歩くのは体にいいから、歩きなさい。この寺院の敷地内ならどこに行ってもいいが中庭にある建物の中には女人禁制の物もある。気をつけなさい」と、なかなか口を挟む隙がない。

「ここの事はハバラも詳しい。それでもわからない事はギュイットに聞きなさい。あれが知らないことは私にもわからない」

 いつも部屋の戸口から静かに声をかけてくる副院長のギュイットは、生まれてからずっとこの寺院で暮らしているので、恐らく院長の言うように、知らないことなどないだろうという。とても勤勉で穏やかで物腰の柔らかな人だ。朝はここまで優しい微笑みを見たことが無いと思った。

「修行しなさい。生きているとは修行ということだよ。修行とは選択ということだ。選択は考えないとできない。たくさん考えなさい」

「ありがとうございます」

 感謝することばかりだが、そのひと言を口にするのが精いっぱいで、朝が次の言葉を口にする前に、「約束があるから」と院長は部屋から出ていってしまった。

「ええっと」

「大丈夫だ。おおよそは伝わっているから」

 ハバラは肩をすくめてから続けた。

「これからの事を考えるためにもここまでの状況を説明する。部屋へ戻ろう」

 それから苦笑しながら付け加えた。

「こんな話ばかりしているな」

「……ありがとう」

 本当に感謝することばかりだと思った朝の言葉に、ハバラは軽く手を振っただけで返事に代えた。


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