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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は砂漠で、夜は町で

「しばらく休む」

 歩いている間、ほとんど口を開かない男は、果たして砂漠には大層詳しいらしく、迷う様子もなく次のオアシスに辿り着いた。

 朝は、この人物と出会わなかったなら今ごろ日干しになっていたに違いないという実感がひしひしと湧いてきていた。

「しばらくって、どのくらい?」

「この先は長くなるから、日が落ちてからの方が動きやすくて距離がいく。太陽が沈むまで休め」

「わかりました」

 それが正しいとか正しくないとか、朝に判断する基準は持っていない。だがぐったりと疲れてはいたから、とにかく体を休めたかったし、生まれて初めて乗ったらくだは、乗り心地がいいとはとても言えなかった。

 男はさっきよりも多くあってこじんまりとした林の体をなしている丈の低い潅木を繋ぐように布を張って日差しを遮るとその下にも厚手の布を敷き、「横になれ」と朝を促した。

 うら若い女がこうも無防備でいいものか。

 朝は「それではご好意に甘えて」とかなんとか呟くと、横になってころりと眠ってしまった。あまりに早く寝ついてしまったため、男はやはり少し驚いたようだった。そして朝は、男がらくだの手綱を引いてオアシスを離れたことにも気がつかなかった。




「あ、いたぁ、よかったぁ」

 ポンと飛び出すような大きな声が聞こえ、驚いてそちらを見ると、宿の受付にいた娘が夜に向かって手を振りながら駆け寄ってくるところだった。

「見つからないかと思ったぁ。ねえ、ご飯まだなら、一緒に食べませんか?」

 馴れ馴れしいのか、丁寧なのか、親切なのか。

 夜には判断がつきかねたが、「おいしいお店を知っているの」という言葉と、娘のあっけらかんとした顔つきに、「そうね、案内してもらおうかな」と答えていた。知らない国にいる緊張も、娘の明るさに和らぐようで心強く感じた。

「ほんとうに、よかったぁ。見つからなかったら仕方がないし、ご飯が済んでいたら残念だなって思っていたの。今日は仕事が長引いたから遅くなちゃって。町はもうすっかり御覧になった?」

 娘と並んで歩き出しながら、「ずいぶん歩いたけれど」と答える。すっかり見たとは言えないだろう。それでも夜には忙しなくて目が回るような感覚が、たっぷり残っていたから、かなり見て回っているのかもしれない。

「人が多くて騒々しいって言われるんだけど、そのぶんいろんなお店があって楽しいでしょ。あ、お土産はもう買いました? すてきなのがあるんですよ。特に女性の方には絶対喜ばれるから」

――お土産。

 夜は余程不思議そうな顔をしていたらしい。娘は、「あれ、私なにか変なこと言いました?」と首を傾げた。

「え、え、いえ、いいえ。まだ、そう、考えていなかったから」

「ああ、旅は始まったばかりってことですか。これからどこまで行くの?」

 娘はその後すぐ、「あ、ここ、ここ。シチューが最高なの」と続けてしまったし、夜も答えを持っていなかった。

 この国は酸味の強い料理が多い。娘はこの近隣でしか取れないという果物をご馳走してくれ、そしてまるで興味深い動物でも見るように、夜の顔をしげしげと見つめては、「本当にきれいですよね」と溜息をついた。

「わりと平凡な顔だと思うけど」

 何度目か、娘にきれいと言われた時にそう返すと、娘は驚いたように首を左右に振った。

「平凡なんて、そんなことないです。目は大きくて睫も長いし、鼻もとっても素敵。それにきれいな肌」

 農業を生業としているくせに、三つ子の肌は揃ってすべらかである。これは移民だった母親ゆずりの体質らしい。

「なんといっても、エキゾチックな感じがするもの」

 そう言われた時、以前、この国は移民が少ないと聞いたことを思い出した。だから夜の顔は正真正銘、「もの珍しい」のかもしれない。

「私の顔みたいなのを平凡っていうんです。これといった特徴がないんだから。やんなっちゃう」

 娘は丸い頬をさらに丸くした。丸い顔と同じくらいに丸く見える大きな目を持っているけれど、それ以外には、確かにこれといった目立つ特徴は無い。けれどそれらを一蹴し、補ってあり余る好奇心が娘の存在を確かなものにしているように見えて、夜は好ましいと思った。

 三つ子の中で一番気力に溢れているように見えるのは朝だ。この娘のように好奇心いっぱいの眼差しを、夜はいつも羨ましく感じていた。昼にはおっとりのんびりとした柔らかな雰囲気があって、そうして比べてみれば、やはり夜は、自分自身が実に平凡だと感じられる。けれどそれをこの娘に説明してもわかってはもらえないだろし、そもそも説明する気もなかった。

「あ、そうそう、お城はもう見ました? 観光の人に大人気なんですよ。その傍には素敵なバラ園があるの。是非行ってみてくださいよぅ」

 夜は「そうね、明日にでも」と答え、勧められるままにもうひとつ、果物を手にとった。

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