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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は港町の寺院に着く

 いくつもの街路が網の目のように張り巡らされている。街路を行くと、誰彼問わず、やたらと声をかけられる。ハバラは都度丁寧に応対していく。まるで本物の尼僧に付き添う本物の牧童のようだ。

 もっとも朝は本物の牧童に会ったことは無い。だが牧童を連れた、もしくは連れられてきた尼僧は旅をしている尼僧で、つまりは修行をしている尼僧であり、修行をしている僧や尼僧は崇められるものであるのだ。そういった事もグラカエスに教えてもらうまで、朝はちっとも知らなかった。

 行きかう人々の熱気は凄まじいが陰湿な感じはなく、陽気でからっとしている。ひとりひとりの本質はわからないが、ハバラが言うには、港町独特の雰囲気というものがあるらしい。

 そして港町では、大きな街路が交わる所には必ず関所がある。

「こんにちは、札をお見せください」

「はい、お願いいたします」

 ハバラが腕に嵌めている通行用の腕輪を、番人が律儀に検める。

「ハバラさん。と、尼僧のメイカ・エリ様。こんな遠くまでご苦労様でございます」

 ハバラが用意し、グラカエスに寺院の印章を刻んで貰った腕輪は、腕につけたまま確かめられるようになっている。そこには牧童の名前と尼僧の名前、所属する寺院と旅の目的などが刻まれ、身分などを高位の僧侶が保証している。グラカエスは偽造に手を貸したことになるのでは、と朝は初めて見た時、つい口にしてしまったことだが、その答えは、ハバラもグラカエスも、沈黙と微笑みだった。

 腕輪を見ると、どの番人も深く辞儀をしてから門を通してくれる。普段はここまでではないらしいが、それでも港町はどこもそれなりに警備は厳重なものらしい。貿易に関する町ということは利害が大きく動く町ということだ。陽気な港町の裏面には慎重で用心深い顔が隠されている。

 そうしていくつかの関所を通り過ぎてやっと、朝とハバラは長く高い塀に囲まれた青い丸屋根の寺院にたどり着いた。これまでに見たどの寺院よりも建物は高く、どの寺院にも似ていない青い丸屋根はきらきらと沈みかけの日射しを反射していた。

「ここの院長はいい人なんだが気難しい。すぐに挨拶をしなければならない。大丈夫か」

 さすがに疲れていた。前に着ていたものより軽いとはいっても通気のあまりよくない僧服と顔の前に垂らしている薄布、ここまでの馬車での移動に加えての徒歩での道のり、肩に下げられるように帯をつけた鞄の他に、渡された時から手放すのが怖くて抱え続けている荷物。疲れ切っている。

 だが朝はなんとか頷いた。

「大丈夫。上手にはできないかもしれないけれど、ひと通りの挨拶は教えてもらったから」

 尼僧ならすでに知っていて当然の挨拶や礼儀のひとつひとつを、グラカエスはきっちりと、朝が覚えたと思えるまで教えてくれた。どうやらこの宗教は、もしくはこの宗派は、納得するまで、というのが肝心な事らしい。お互いが、相手が、納得するまで付き合うのが修行なのだ。そしてそれは「人生というものだろう」とグラカエスは笑って言った。

「そうか。なら行くぞ」

 ハバラは高い門扉の横に作られているがっしりとした番人小屋に行くと、「こんにちは」と声をかけた。

「はいはい、こんにちは」

 小屋にいたのは日に焼けたがっしりとした顔に似合わず甲高い声の中年の僧侶で、ハバラの腕輪を見るまでもなく、顔だけで「おお、懐かしいなあ、元気だったかい」と相好を崩した。

「で、今はなんていってんのかい。おお、そうかい、ハバラ、ね。ハバラ」

 腕輪に刻まれた名前を見て、僧侶はおかしそうに笑ってから、「すぐに通してあげるから」と席を立った。

「おおい、おおい、ちょっとの間だけ代わってくれや」

 声をかけてから出てきた僧侶は座っていた時には思わなかった背の高さで、朝を見下ろしながら「どれ」と手を差し出した。

「荷物をお持ちしましょうかい」

「恐れ入ります。ですが、大丈夫です」

 疲れ切ってはいたが、渡せる荷物ではなかった。朝の言葉にちょっと戸惑ったようではあったが、僧侶はそれ以上は言葉を重ねず、「では行こうかい」とふたりを寺院の中へと招いた。


 

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