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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜と昼は考え、朝は馬車に乗る

「とりあえず、朝は無事と仮定して考えよう」

「とりあえず?」

「何かあったとしても、連絡が無ければどうしようもないでしょう。誰からかも、どこからかも、いつかもわからないけれど、何かあったら連絡が来るだろうと考えてみる」

「連絡、来るかしら」

「わからないけれど、何かがあっても、いまの私たちにできることはないでしょう。連絡があれば、迎えにいくなりできるかもしれないけど」

「そう、そうね。どうしようもないわね」

 昼は「そうね、本当に」と繰り返し頷いた。

「そう。まあ、無事だと考えても、私たちにできることは無いと言えば無いんだけど」

「え。そう、そうだけど。でも」

「そこで、私たちにできることは無事だと仮定して」

「無事よね、きっと」

「無事よ、きっと」

 昼のカップに再びお茶を注ぎつつ、「だから無事と仮定して考えてみるのよ」と、夜は自分も納得させるように頷きながら続けた。

「無事と仮定して、私たちになにかできることはないか、考えよう」

「……わかったわ。考える。なにかできないか」




「忘れ物はないですか」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「他になにか入り用なものはございませんか」

「もう十分です。とてもよくしていただいて、なんとお礼を申し上げたらいいか」

「お礼なんてこれも御心のままに行われていることでございます」

 朝はハバラと尼僧の会話を馬車の中で聞きながら、手元の鞄の中に入れられた本とペンが気になって仕方が無かった。

 そしてそんな朝に、グラカエスが「ちょっといいか」と声をかけてきた。

「え、あ、お世、お世話になりまして」

「なんだ、大丈夫か。顔色が悪くないか」

「だ、大丈夫です。ええ、大丈夫です」

 もともと素直で嘘などつきなれない性格の朝は、他人のものを黙って持っていくなど考えたこともない。

――これ、泥棒だよね。

 こんなに良くしてもらった人から盗みをするなんて、それこそ朝がこれまでに考えたことも無いことだった。それでいてハバラが必要と言ったからには必要なのだろうし、こんな状況下では仕方がないことだと思いもする。だからこうなったら一刻も早くここを出たかった。

 朝の考えていることなど知る由もないグラカエスは「そうか、あまり無理をするなよ」と労わった後、「この間の手紙だが」と続けた。

「連絡先としてここを書いたりしたか」

「いえ、特に連絡先などは書かなかったです。ただ、あの、元気なことだけは伝えておかないとと思ったので」

「そうか、いや、ならいいんだ。ここを連絡先と書いていて、もし返事がきたらと思ってな」

――それもそうよね。

 想像よりずっと冒険らしくなってしまった日々が続いているので、朝も不安なのは確かだった。だから1度くらい、元気でいるぐらいは伝えた方がいいだろうと考えたということに加えて、自分には帰れる場所があると確認したかった。

 そしてきっと昼は家に帰っているに違いないし、心配もしているかもしれない。夜が帰っていてくれれば昼の心配はいらないだろうが、朝だけ戻らないこの状況は夜も気にするだろう。

「返事はいらないと、また連絡するからと書いたので」

「わかった。ならこれを渡しておこう」

 グラカエスは紙がどさりと入った袋を差し出した。これはこれでかなり高価なものだ。

「いつでも手紙が書けるようにしておけ。あとその本はこの中に紛れさせた方が目立たないから」

「え?」

 グラカエスは、フッと鼻で笑った。

「ハバラの考えることはわかる。あいつも俺の考えはよくわかっているってことだ」

「ああ、そうですか」

 朝の肩からぐったりと力が抜けた。


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