夜と昼は震えを押さえ、朝はしたくを始める
「……どうしよう」
顔色をなくし、震える手で食卓の端を掴んだまま、昼は夜の顔をみつめた。
「……まずは落ち着こう」
夜は昼の顔を見ることでかえって冷静になった。
「なにも決まっているわけじゃないんだから」
「そう、そうよね。東に行くって言ってただけだし。砂漠を越えたと決まったわけでも。それに、砂漠を越えたからって内乱のあった国に行ったとも限らないし、それに」
「だから、まず落ち着こう。お茶、新しく入れるわね」
だがやかんに入れる水を少し零したことで、夜もまた、自分で思うほどは冷静ではないのだと気がついた。
――大丈夫。なにも決まっていない。だいたい、朝になにかあったなら必ずわかる。
三つ子はそれぞれにお茶の好みが違う。夜は小ぶりのジャグが並んだ中からひとつ、朝の好みの茶葉を手にした。
――必ずわかる。
しばらく飲んでいなかったそれは、それでもまだ新鮮な香りがしていて、夜は昼が新しく買い換えていたのだと気が付いた。いつ帰ってきてもいいように。
――いつでも、何かがあればわかったし。
熱い湯をゆっくり注ぎ、茶葉を蒸らしながら、夜は息を整えるようにその香りを吸い込んだ。不思議に、今度こそ本当に落ち着きが戻ってきた。
――大丈夫。朝は大丈夫。
振り返って昼に椀を差し出す頃には、どう行動したらいいかを考え始めていた。
「お戻りになったとお伺いしたものですから」
扉を叩いたのはいつも朝の身の回りをしてくれている尼僧だった。ほんのり頬を染めている。どうやら、ハバラが戻ったと聞いて取り急ぎ顔を見に来たようだ。
「早くに失礼いたしました。馬車で戻りましたから、騒々しくしてしまいました」
「いえいえ、私共も始まりの鐘のために起きておりましたので、お気遣いには及びません」
「労を惜しまないお勤め、頭が下がります」
「とんでもございません」
更に頬を染めてから、彼女は思い出したように朝に「おはようございます。何かご入用なものはございますか」と尋ねた。
「ええっと」
考えのまとまらない朝に代わり、ハバラがすまなそうな笑みを浮かべながら応えた。
「実は急ぎ出立することになりまして」
「え?」
「なので道中のためにいくつか必要なものがあります。お願いできますか」
「ええ、それはもちろん、なんなりと。でもあの、急ぎとはどの程度の」
「そうですね。時間が無くて申し訳ないのですが、食事をいただいたら、なるべく早くにと思っています」
「そうですか、ずいぶんお早いんですね。ではすぐに準備をいたしましょう。必要なものを教えていただけますか」
「ありがとうございます。副院長にご挨拶もしたいので、私も一緒に本院に行きましょう」
そうそう、グラカエスは副院長だったと、朝は思いながらふたりを送り出し、すぐに自分の荷物を纏めにかかった。