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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は学び始める

「勉強熱心で感心な事だ」

「……ありがとうございます」

 書物なら貸してくれるというので、朝は地理や歴史に関係する本をグラカエスに持ってきてもらった。外へ出るのはもちろん、寺院の中をうろつくのも遠慮してほしいと言われてしまったので、面倒をかけると思いながらも、何でもグラカエスを通してお願いするしかない。そこでひと通りの知識を得るにはどうしたらいいかと聞いてみたのだった。

「とてもたくさんあるのね」

 グラカエスが額に汗を浮かべながら運んできた本は手のひら幅ほどの厚みがあるものが数冊、半分ぐらいのものも数冊、どれも持っている地図帳と同じ大きさだから、かなり大きい。

「どれもなかなかいい値がつくものばかりなんだが、内容もここにふさわしくないものがある。これとかな」

 薄い1冊を手にして、グラカエスは真面目な顔で付け加えた。

「持ち出すことはもちろん、これの中身に関しては決して口外しないでくれ」

「そんなに」

 たいへんなものを読んでもいいのだろうか。

 朝の言葉が続く前に、グラカエスは「……ハバラの連れてきた人だからな。あいつがここまで連れてきた人を信用しないわけにはいかない」と肩をすくめた。

「午後の祈りの前に来るから、わからないことがあったり、欲しいものがあったら言ってくれ」

 グラカエスを見送りながら、きっと飲み込んだのはハバラが僧侶になろうと決める前の、彼の本来の名前だろうと、朝は考えた。その名前を知る日は来るのだろうか。

「とにかく読んでみようかな」

 午後の祈りの前までに、どれぐらい目を通すことができるだろうか。朝は本を読むのは得意とは言えないのだが、いまできるのはこのぐらいなのだ。覚悟を決めて、とりあえず危険そうな薄い1冊は脇へ避けた。



「難しかったか? もっとわかりやすい物の方がよかったか。この辺りは子供がいないから、子供に向けた教本とかは用意していないんだ。どこかから借りてくるにしても時間がかかるしな」

 朝の顔を見てすぐの言葉がこれだということは、よほどのことなのかもしれない。朝は思わず自分の顔を撫でて、ちゃんと付いているか確認してしまった。

「お、大丈夫か? そうだな、明日なら時間が取れるから細かな事も教えることができる」

 慌てるグラカエスに朝は首を振った。

「いいえ、大丈夫。大丈夫です。もう少し自分で頑張ってみます。あ、でもええっと」

 朝はハバラから借りている地図を広げた。

「国の名前と関係がもう少しわかると助かります。ここはこの国のこの辺りでいいの?」

 グラカエスは朝の指から幅1本分ほど上を示した。

「ここぐらいだな。そうだな、地図ならあげられるものがある。待ってろ」

 グラカエスが大急ぎで部屋を出ていくのを止められずに見送ってから、朝は「まあいいか」と呟いた。

「これは返さなければいけないし」

 だが持ってきた地図がとても立派に製本されたもので、貰うのは躊躇われた。

「確かに価値はある。もし賊に襲われたら、身代金替わりに使うといい」

「そんなに。では尚更いただくわけにはいきません」

 表紙に金糸が織り込まれているのを見て、余計に朝の首は大きく横に振られた。

「そうか。だがこれは私の持ち物だから構わないんだがな。まあ、ここにいる間はこれを使うといい。こうして」

 グラカエスは懐から細いペンを取り出して朝に使ってみせた。嬉々として開いた地図によくわからない記号のようなものを書き込むので、「ちょっと待って待って」と朝が慌ててしまった。

「これはインクではないんだよ」

 確かにインクはつけていない。懐から出したままの状態で、紙の上を動かしているだけなのに、青い字が浮かびあがる。

「こうして圧で浮かびあがらせるというか、表しているだけでね。上をこうなぞると消えるんだ」

 グラカエスが書かれた文字の上を僧衣の袖でぐっと力を入れてなぞると、書かれたものがすべて消えてしまった。

「え、なんで?」

 朝の反応が思っていたよりもよかったのか、グラカエスはにこにこと笑いながら、「これで書き込んでいくといい」と、そのペンも渡してくれた。

「たくさん勉強するんだよ」

 朝はどうしてと続けるよりも先に、なんとか「はい」と答えた。


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