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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は川をいく、夜は町をいく

 川風は岸にいた時よりもぐっと冷たい。昼は船の最後尾、長く繋がった椅子のほぼ真ん中に腰掛けていた。

 風が首筋を弄っていく。肩先で切り揃えた髪が口元に張りつき、取り除こうとそっと腕を上げると、昼に寄りかかるようにして眠っているおばさんが顔を顰めて呻いたので、慌てて腕を降ろした。

 いつのまにかそこに座っていた。理由はよくわからない。右側にはひょろひょろしたおばあさんが、左側にはでっぷり太ったおばさんが座っている。とても窮屈だ。だが座って早々にふたりとも転寝を始めてしまい、そうすると動きづらくなった。

 乳母車に双子を乗せている女性が船の中程、ちょうど桟橋へと板をかける出入り口の近くに座り、乳母車の太い握りをしっかりと摑んでいる。操舵室に顔だけつっこんだ少年が、なにやら船長に話しかけている声が聞こえてくる。その他に乗客は5、6人しかいない。席はいくらでも空いているのに、なぜ昼はこんな窮屈な思いをしているのか、どう考えてもよくわからない。

 風は時折勢いを増しては髪を乱す。もう直す気にもなれなくて、昼はそのまま、まっすぐに前を見たまま、ぼんやりと浮かびあがってくる記憶を思った。

 それは川岸を離れる時、乗り遅れた女の人が桟橋にいるのが見えたからだ。がっかりした顔を見て、昔、同級生だった子を思い出した。本人なのかどうか確認する術は無かったし、それほど仲が良かったわけでもないし、実は名前も覚えていない。

 ただ、「髪型ぐらい変えればいいのに」と言われたことが、強く印象に残っていたから記憶に残っていたに過ぎない。

「3人とも同じ顔なんだから、髪型ぐらい変えればいいのに」

 ちょっときつい言葉を吐く癖があって、それでいて一番仲の良かった女の子の腕をいつも不安そうに摑んで離さなかった子。

 そう言われたのがどんな時のどんな状況だったかは忘れてしまったが、それを聞いた時だけ、「なるほど」と思ったのはよく覚えている。けっしていい意味で言ったわけではなかったのだろうが、昼は素直に、「なるほど、それはいい考えかもしれない」と思った。もっとも、それほど大事なことだとは考えていなかったのだろう。なぜなら、昼はあとのふたりにそんな提案をしたことも、自分の髪型を変えようと思ったこともなかったのだから。

 昼は物心ついた時からこの髪型で、不満に思ったことはなかった。

――なにか、気にいらなかったんだろうな。

 おそらく、3人の何かが癇に障っていたのだろうとは思うけれど、その理由はずっとわからないままだろうとも思うし、どうでもよかった。

 操舵室の少年の明るい声を聞きながら、昼もうとうとと舟をこぎ始めた。




――知らないものばっかり。

 きょろきょろするのは恥ずかしいと思っても、ついつい見回してしまう。

 夜が訪れたこの町は、石造りの建物が多い。重厚で閉鎖的な感じもするが、ほとんどの扉が開け放たれて、見たことの無い物や人々が途絶えることなく、あっちにこっちにと散らばっている。

「ちょっと、これ、似合うよ」

「美味しいよ、一口どう?」

 観光客とすぐにわかるのだろう、訛りは強いがわかりやすい共通語で、たくさんの声がかけられてくる。 

 そうしてあれこれと眺めていたから、受付の娘がお勧めだと言っていた大きな公園に着いた時には、すでに辺りはすっぽりと夕焼けに染まっていた。

――目が回る。

 喉が渇いていた。空腹も感じはじめていたが、どこで食事をとればいいのか迷うばかりだ。宿に戻ってとってもかまわないのだが、それよりも町中で食事をしてみたい。いままで、家の外で食事をする機会などほとんど無かった。ちょっと怖い気もするが、試したい気持ちの方が強い。

 けれども初めてのひとり旅の、初めての町に疲れてもいる。とにかく食事は休んでからにしようと、水鳥が何羽も浮かんでいる、これまた見たことも無い大きな池の前のベンチに腰をかけた。

 背後の大木から頭上に垂れ下がっている枝には、白くて小さな花がたわわに咲き、風に揺られてはらはらと花びらと微かな甘い匂いを振りまいている。見覚えのない花なのに匂いが懐かしいと思うのはなぜなんだろうと、夜は深く香りを吸い込んだ。


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