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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は目が回るように驚く

 移民を両親に持つとは言え、朝は生まれた国の小さな村からほとんど外へは行かずにきた。小さな世界しか知らなかったから、その中で目立つの目立たないのと言ってもたかがしれていたし、三つ子であれば、目立っても仕方がないと思っていた。朝は容姿を気にせずに過ごしてきたから、ここにきてやたらと目立つと言われるのことに違和感しかなかった。

「目立つというのは、顔立ちがこの周辺の国や港に来る人々と違うということだ」

「はあ」

「そして注目が浴びやすい。列車に乗る尼僧は珍しいということもあるが、その顔立ちで目をつけられたとしたら、強盗が目的ではないかもしれない。だいたい、尼僧を求めるにしても強盗にしても列車に乗り込んでから時間が経ちすぎている。牧童がついている尼僧を狙うのはなんにしろリスクが高すぎる。だからやはり尼僧であることより、お前に意味があったのではないかと考えるのが妥当に思えるんだ」

「私に意味?」

「個人というより、顔立ち、つまりその顔立ちが目立たない国に関係するのではないか」

「顔立ちが目立たない国」

 朝はなんだかわけがわからないまま、ハバラの言葉を繰り返すばかりだ。いったいハバラはなんの話をしているんだろう。

「……憶測でしかないし、確信があるわけでもないから、なんというか」

 ハバラはふと、思いついたように尋ねた。

「いま名乗っているのは本名ではないよな」

 朝は頷いた後、自分の名を、いまでは三つ子以外誰も発音ができる人がいない名前を口にした。

「そうか。ではやっぱりそうなのかもしれない」

「やっぱり?」

「ご両親の出身国には行ったことはないのか?」

「無いわ。遠いし」

 三つ子の両親は砂漠も海もさらにその先の国もいくつも越えたところだ。持っている地図帳にも載っていない。そんなところに行けるわけがない。

 その国の名を言う前にハバラは首を振った。

「言わなくていい。俺にお前の名前は口にしがたいが、国の名前ならわかる。知ってしまえば知らないとは言えない」

 それが僧侶というものらしい。

「お前の顔立ちはその国の特徴がかなり濃くでている。それにどうやらその国の高貴な血筋の一族に似ているらしい」

「え?」

「俺はその血筋の顔は知らないが、車掌のひとりが見覚えがあると言っていた」

「高貴、ってどんな」

「おそらく皇族に近い。まあ、想像でしかないが」

「皇族って、皇族のいる国だったかしら」

 朝はその国のことは両親に聞いたわずかな事柄しか知らない。詳しい話を聞ける余裕ができる前にいなくなってしまったから、三つ子の誰も皇族どころか、自分たちに流れる血筋など知りようがない。

「いまは皇族と言っても政治の舞台からは降りている。だからそれほど知られているわけでは無いが、車掌はたまたま見知っていたと、本当かどうかはわからないが」

 ハバラは溜息をついた。

「今のかの国がどういう状況かは知らないが、争いごとがあるとは聞こえてきていない。もっとも遠すぎてわからないということもある。ただ皇族というのはどんな国でも争いに巻き込まれやすいからな。とにかくどうしてあの男が近づいてきたのがわからない以上、なにかしらの用心はしておいた方がいいだろう。まだわからないことが多すぎるが、一応その妙に記憶力のいい車掌から俺の知り合いに連絡が行くようにしてある。そのうち状況がわかるだろう」

「それまではここにお世話になるのかしら」

「数日はその方がいいだろうな。周囲のことがわからないとどこに行っていいかもわからない。俺はちょっと調べてこようと思っている。グラカエスに頼んでいくが、この僧院からは出ないように」

「わかったわ」

「その上で、どこに行きたいか考えてくれ」

 朝は頷くしかなかった。もう何を考えていいかもよくわからない。とにかく休んだ方がいいに違いない。

 ハバラは朝の表情を見て苦笑した。

「そうだな、湯も沸かしたことだし、とにかく休んでくれ。俺はここを外すが近くにいるから心配しなくていい」

「ありがとう、あの」

「なんだ」

「今更だけど、面倒に巻き込んでしまってごめんなさい」

 ハバラは今度は大きく笑った。

「本当に今更だが、俺も巻き込んでいるのは同じだ。悪かったな」

 ハバラが出ていくと、朝はせっかく沸かした湯で体を拭く間もなく寝台に潜り込んだ。他に何をしていいのかわからなかった。



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