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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は続けて話を聞く

 グラカエスがいなくなり、食事も終えた後、「列車でのことを話しておきたいが、今でいいか」と問われ、朝は「今がいいわ」と座り直した。

「なんだか落ち着かなかったし」

「そうだろうな、遅くなってすまない」

 妙に素直に謝られたことで、「いえいえ、こんな状況では仕方ないわ」と朝は慌てて立ち上がってしまい、ハバラは苦笑して手を振って朝を座らせた。

「落ち着け。ここは安全だ」

 そして付け加えた。

「今のところはな」

 朝は苦笑して溜息をついた。

「今のところはね」

 そしてもう一度深く息を吐いた後、「どうぞ」とハバラを促した。

「あの時扉を叩いたのは俺と同じ年くらいの男だった」

 ハバラは顎に手をあてながら、自分の考えも整理するように話し始めた。

「30代半ばくらいだろう。何も被らず、着ていたのは軽い上着で、靴は革ですら無かった。旅をするにも商売をするにも向いていない。普段列車などには乗らないだろうな。1番安い料金でも惜しむような生活だろうし、列車が必要になることも無かったんだろう。扉を開こうとした時、まず引いて開けようとした。だが昔と違い、今の列車はほとんど片引き戸だ。便利だからな。防犯もしやすい。個室も広めになる」

 手を動かしながらハバラは扉の動きを説明する。

「扉の分ね」

「そうだ。動かす分が必要になるからな。もっとも最低料金の車両は扉が必要ではないから、列車に乗ったことがあったとしてもそういう車両の経験しかない」

「なるほど」

 頷く朝を見ながら、「そこでなぜ列車に乗り込んだか、ということだが」と続ける。

「おそらく俺たちが列車に乗った時に目をつけたんだと思う」

「私たちを?」

「主にお前を」

「私を?」

 びっくりする朝に、ハバラは難しい顔で頷く。

「ああ。だが尼僧を列車で襲うということは考えにくい。森や町外れだったらともかく、列車内、それも牧童を連れた尼僧を襲うことは無いと言ってもいいだろう。その、女性をという意味だが」

「……なるほど」

 つまり、暴行目的は薄いということだ。朝は「良かったわ」と呟いた。

「まあ、それで何を目につけたのかというと、男は逃がしてしまったので言い切れないのだが、まずどこかでこれを」

 ハバラは寺院から預かったあの小袋を出した。

「見かけて盗ろうと思った。これがひとつめだ」

「ありそう」

「だがこれの価値を知らなければならないし、利用する必要もなければ、売り先すら困るものを盗るかという疑問がある」

「それはそうね」

「そうだ。それでなければ尼僧が必要だったという場合」

「祝福のために?}

「列車内での出産はでっちあげだが、どこかで必要だったという可能性はあるかもしれない。もっともそれならば列車が出てからの時間がかかりすぎている。後から知ったのかもしれないが、車掌達は、あそこまでに交代要員含めて誰も尼僧が乗っているなどと話してはいないと言い切っている。個室を利用する客、ことに寺院関係は上客だから信用してもいいだろう」

 手にした小袋を睨みつけるようにしていた視線を朝の顔に戻し、躊躇ったのか少し話を止めた。朝は大人しく続きを待った。

「お前は目立つ」

 待って言われた言葉がこれかとむっとした朝を制するように、ハバラは小袋を持ったまま手をあげた。

「すまんがもう少し聞いてくれ」

 朝は黙ったまま頷いた。


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