昼と夜はお茶を飲む
テーブルに置いてある手紙を見て、夜は「ずいぶん厚いのね」と呟いた。それから昼を振り返り、「毎日なの?」と尋ねる。
「毎日。取りに行くと何通かあって、消印を見ると同じ日もあったりするの」
そして溜息をついてから続けた。
「夜が帰ってきたから、もう心配はいらないって書いた方がいいわよね。そうすれば手紙を書かなくていいから楽だろうし」
「そうねぇ」
それから少しためらってから続けた。
「昼は、手紙がくるのは嬉しくないの?」
たっぷり時間を、ふたりがお茶のお代わりをして、夜のお土産の小さな焼き菓子を3つつまむぐらいかけて考えてから、昼は「実はそれほど」と言った。
「最初は嬉しかったの。手紙なんて滅多にもらわないでしょう。それに心配してもらうのも、っていうとひどいかしら」
「わかるわよ。心配してもらうのって、なんだか嬉しいわ」
「そう、そういうの、全部久しぶりで。それに戻ってきてもひとりでしょう。畑や家のことを終えれば手紙をいくつか書く時間ぐらいあるし」
「でもそれが続くと億劫になるわね」
先回りした夜の言葉に、昼は苦笑して頷いた。
「そうなの。それも彼だけ毎日くるのって、こんなこと言うともっとひどいかもしれないんだけど、ちょっと何というか」
「当ててみようか?」
夜の言葉に昼が首を振ったので、夜はその事にちょっと驚いた。いままでなら、昼は口に出すのを躊躇うような事柄は、いつでも夜か朝に頼ってきたのだ。
「正直に言えば、こんなに続くのは気持ちが悪いの。どれも同じことが繰り返し書いてあって。心配されているのはわかるけれど、しつこく思えて。子供扱いされているようなのも不愉快だし」
「なるほど」
これだけはっきり嫌だと言う昼を、夜は初めてみた。少なくとも記憶にある限りでは、昼は3人の中ではいつでもうやむやにしたりするのが得意だった。
そのうえで夜はひとつの提案を出した。
「どんな人かわからないから、何を思ってこうして手紙を書いてくるのか、決めつけることはできないんだけれど。そうね、もし昼が嫌だと思うなら、私から手紙を書いてみようかしら」
「夜が?」
「姉がお世話になりました。もう私が戻ったので心配いただかなくても大丈夫です。って」
「……その方が穏便かもしれない」
「純粋に心配をしてくれているのでしょうけれど、世の中にはいろいろな人がいるから」
夜は帰ってきた時に畑にいた人物を思い出して顔を顰めたのだが、昼は思い出しもしなかった。
「そうね、夜には悪いけれど、その方がいいかも」
「そうしましょう。それから先は、その返事が来てから考えましょう」
「来るわね、きっと」
「来るわよ、きっと」
ふたりはくすくす笑ってから、後ろめたいような気もして、お茶を新しく入れ直した。
日常はいつのまにかに戻ってくる。心がついていかないこともあるが、日常はあらゆることを元に戻すために時を惜しむことが無い。そうやって戻ってきた日常は、いつもと変わらぬ確かさを見せつけるのだ。
「ゆっくり考えればいいわ。明日、直してくれたっていう水回りを見てくるわね」
夜は昼の気持ちがわかっているように笑っている。
昼はそんな夜を見て、本当にきれいになったと思っていた。同じ顔の筈なのに、同じではない何かが夜に加わっていて、それが夜をきれいにしている。昼は漠然とそう感じた、
夜は夜で、昼は相変わらずのようでいて、芯が定まったように落ち着いていると考えていた。
ふたりがそれらのことを口に出すには、まだしばらく時がかかるかもしれないが。
「ありがとう。とっても上手に直してくれたけれど、私にはわからないところもあるから。それより、西には何かあった? 冒険?」
昼の言葉に、夜は大笑いした。




