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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は僧院で話を聞く

 結局、朝は寝台の心配をする必要は無くなった。

「すまんなぁ、てっきりお前の連れが牧童だと思ってしまってな。お前が牧童、ぼ」

 大きな笑い声をあげながら、大柄な僧侶は「いやあ、すまんすまん」とふたりを他の部屋に案内してくれたからだ。

 新たに案内された部屋は、部屋というより離れであった。町から離れた寺院の広い敷地の中でも本院から庭をふたつも隔てたところに建てられていたから、誰はばかることなく休むことができそうだと、朝は人気のなさにかえってほっとした。

 平屋の離れは寝室がひとつと居間がひとつ、トイレと洗面所と風呂が一緒に置かれた部屋が別に仕立てられている。食事を作れるところは無いが、すぐ裏手に細い川が流れているため、寝室の横の小さな土間に水がひける造作になっている。だから風呂場も作れたようだ。薪も豊富に置いてあるが、竈は小さめで、風呂に入る湯を沸かすにはなかなか苦労しそうである。だが恐らく体を拭き清めるぐらいにしか使わないのだろう風呂桶は、身を浸すにはいささかこじんまりしすぎている。

 だが竈があれば湯を沸かして茶を入れる分には十分だから、なるほど僧侶が籠るにはいい離れなのかもしれない。そもそもどんな理由で建てられたのかは朝にはわからないのだが。

「食事は運ばせる。茶道具も用意しよう。しばらくゆるりとするといい。だがその前に」

 僧侶は居間の、おそらく簡易寝台になると思われる長椅子にどっしりと腰を下ろした。

「事情を聞こう。そしてこっちの事情も聞いてもらおう。いいな」

 ハバラは「ああ」と頷いた。

「そろそろきちんと状況を把握したいと思っていたところだ」



 茶を3杯は飲み干した。飲み干すたびに僧侶の、グラカエスという名の僧侶が丁寧に茶を注いでくれた。グラカエスとは宗教者にはよくある名前で、階層が変わると名前も変わるその1番初めの段階につけられる事が多いという。

「もちろん、俺みたいな例外もある」

 グラカエスは階層で言えば上から4番目、1度だけ改名しているが、今後は改名をせずにいようと思うのでしっかり名前を憶えていてくれて構わないという。

「ころころ変えていると、手紙すら書けなくなるからな。そこに宗教的意義を見出せと言われても俺にはさっぱりわからん」

 なので初めの段階の名前のまま、階層だけ上がってきている。

「名前を変えないせいか、なかなかのしあがれん」

 愚痴に聞こえないのは、のしあがる気があるように見えないからかもしれない。

 グラカエスは大きな体に大きな声にあわず、いちいちをきちんと静かにこなす。茶の1杯も手を抜かず丁寧に入れる。それでとても美味しい。

「それで、牧童でいる間はハバラか。なら俺もハバラと呼ぼう」

 牧童と言うところでまた笑いそうになったが、かろうじてそれを止めてから朝を見た。

「あなたが尼僧の格好をしているのはなにか理由があるのだろうな」

 ハバラは尼僧の朝を修行の一環として送っていくところを、内乱に巻き込まれそうになって国を出てきた、と簡単に説明しただけだ。

「尼僧のメイカ・エリ様」といきなり朝の名前を変えて紹介されても、かろうじて顔に出さずに辞儀をしたのだが、見え見えであったようだ。ハバラは苦笑しただけで、かわした。グラカエスもそれ以上は追及してこなかった。

「お前たちの理由はおおよそわかった。では、今のこの辺り」

 グラカエスはハバラの地図を借りて広げ、大きな手を動かした。動かし方が少しハバラと似ている。柔らかく素早い。僧侶とはそういう人々なのかもしれない。

「この辺りの話をしよう」

 朝は肩に少し力が入ったのが自分でもわかった。


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