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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は帰り、昼は迎える


 昼が全ての畑に水を撒き終えて家に戻ってきた時、誰かが向かってくるのが見えた。

――夜? 朝じゃないわよね。ああ、女の人じゃないわ。

 ひょろっと背が高く、変わった帽子を被っている。顔がわかるほどになってもなお、すぐには誰だかわからなかった。

――あ、そうか。

 本当に昼はそう思ったのだ。あれほど恋しいと思いつめ、揃って家にいることが耐えられなくなるほど三つ子の仲を不穏にしておいて、ぷっつりとどこかへ消えた男なのに。

――なんで?

 飛行機乗りは畑をきょろきょろと見るのに忙しい様子で、家への小道の前に立つ昼になかなか気がつかなかったし、男がふっと家へと視線を走らせた時、顔を強張らせ後ずさりしたのを昼は見逃さなかった。

「や、やあ」

 かろうじて片手を上げた男を、昼は不審気に見つめた。

 ほれぼれと見惚れていた筈の目元は、きつくて何を考えているのかわからず疎ましく思える。白目が充血し、落ち着かないように黒目がくるくる動く。知らない国の話をする口元をいつまでも見ていたかった筈なのに、半開きでしまりが無く、時々ちらちらと這い出た舌が唇の上を動く。とても長く見たいとは思えない。

 昼は恋をしていた筈の気持ちが思い出せなくて困惑した。思い出さなくてはいけないような気もするのだが、どうしても、どこを探しても出てこない。

 飛行機乗りはしきりに何かを言っている。「元気だったか」とか、「たまたま通りかかった」とか、「畑の世話は大変か」とか、「会いたかった」とか。

 そうした中に、「3人揃って出かけていると聞いた」という言葉が含まれていた。

――誰もいないかもしれないと聞いたのに、何故来たのかしら。

 この人は誰もいない家に来てどうするつもりだったのだろうと考え、昼は知らず知らずのうちに険しい顔つきになっていった。純粋に畑などの心配をしたのかもしれないが、黙ってどこかへ行ってしまった人がそんな心配をするだろうか。だいたい昼は帰ってから何度も村に行っている。そんな話を誰に聞いたのだろう。言った人は何を思って話したのか。

 だから昼の口調はかなりきつかった。

「なにかご用でしょうか」

 けれども棘のある言葉を、昼はそれ以上続けずに済んだ。

「お客様?」

 半ば走るように息せき切って戻ってきた夜が、飛行機乗りの背後で足を止めたのだ。

 昼は夜を見ると、心からほっとした。微笑んで「おかえり」と言ってから、あらっと思った。

――なんだか、きれいになったみたい。

 夜は昼から飛行機乗りに視線を移すと、一瞬顔を顰めて何かを思い出すようにしてから、さっきの昼と同じ表情をした。

――ああ、そうか。

 夜を見た飛行機乗りは露骨に驚き、また少し後ずさった。

 同じ顔が並んでいるのを見るのが久しぶりだったせいか。いるとは思わなかった人間がふたりまでもいるのを見たからか。ふたりが朝か昼か夜か区別がつかないからか。

 ここにもうひとりが戻ってきたなら、飛行気乗りの頭の混乱には拍車がかかるに違いない。

 夜は訝しげな顔のまま傍らを通り過ぎると、飛行機乗りを振り返ることもなく、昼を促して足早に家へと向かった。

「早かったでしょう」

 昼も踵を返して夜と並びながら、「ふふっ」と笑った。

「私のほうが早かったわよ」

「それはわかってるけど」

「スープを作ってあるわ。そろそろ夜が戻りそうな気がしていたの」

 夜は「あはは」と大きく笑った。

「私も昼は帰ってると思ってた。それにね、お土産があるのよ」

「お土産? すごい。貰うの初めて。考えたことも無かった」

「私も」

 ぽつんと取り残された飛行機乗りは、何を企んでいたにせよ、その試みが失敗に終わったことだけは理解した。


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