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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は靄の中を歩き、夜は馬車で戻り、昼は悩む

 駅を出ると靄が深く、まだ曙光が差し始めたばかりの町はあまりよく見えない。朝はハバラの傍を離れないように歩いていたが、ふと顔を上げるとそっとハバラの裾を引いた。

「海の匂い、かしら」

「ああ、ここは目的にしていた町から運河が通っている。だから海の匂いがする」

 それから珍しく、朝は初めて見るかもしれなかったが、すまなそうな顔をした。

「話しておいた方がいいことも多いが、ここは早く抜けたい。町の外れに寺院がある。俺の知り合いがいるし、馬車も借りられる。そこまで我慢してくれ」

 列車の中の剣呑な空気に比べれば、晴れを約束されたような明るい靄の中を歩く方がよほど楽しいことに違いなかったから、朝は「大丈夫よ」と笑顔を見せた。

 ハバラは朝よりよほど疲れているに違いないが、それでもやっぱり珍しく笑顔を返すと、また黙って歩き始め、朝は顔を隠す必要もない靄の中をハバラを見失わないようについていった。



 再び列車に乗ってしまえば、村へ行く馬車に乗る町はすぐだった。

 夜はそわそわと馬車に乗り込んだ。まだ早い時間の馬車は空いていた。

 御者は夜もよく知っている、村への便を一手に引き受けている業者の元締めの初老の男で、しばらく乗せなかった三つ子の誰かを不思議そうな顔で見てから、荷物を馬車の上へ詰めてくれた。元来無口だからか、余計なことは何も聞かれなかった。

 同乗者はかろうじて顔見知りの農婦と孫娘だけで、挨拶を交わした他に会話も無く、夜は窓の外へと視線を移した。

 馬車が進むにつれ、風景はどんどん見慣れたものに戻っていく。

 夜は見慣れていて、安心できるものがあるところに戻るということが、こんなに楽しいものだとは知らなかった。川にかかる橋を越えて村に入った時、安堵のあまり、夜は長いため息と少しだけ涙をこぼした。

 小さな娘がちょっと驚いた顔をしたのだが、声は出さなかったから、横でうとうとしている農婦は気がつかなかっただろう。

――変なの。

 川を渡れば村の入り口の待合場はすぐだ。夜は腰を半分浮かせるようにして窓の外を覗いていた。

――どこかの水路を直す約束をしてたわ。

 まずそれから取り掛かればいいかと考える。昼に聞けば場所はわかる。それにしても、なぜ昼が戻っていると思うのか、自分でも不思議な気はした。それでもきっと戻っているから、食事の時にお土産を出して一緒に食べればいい。それはこの旅を終える為の、1番いい方法に思えた。



 昼は手元にある封筒を見つめ、何度目かの溜息をついた。

 ジャンジャックや助けてもらったたくさんの人達には手紙を書いた。それぞれから返事を貰ってはいるけれど、その返事となれば、まだ全員に書いているわけではない。もう不要とわざわざ書いてくれる人もいたし、そもそもそれほど日も過ぎていない。

――なのに、また。

 ジャンジャックからは毎日分厚い手紙が届く。分厚くなるのは、字が大きいから。それに書くことも得意ではないようで、ひとつひとつの文章は短いし、書いてあることはほぼ同じだ。健康を気遣う言葉、天気の話、仕事の話、町の話、昼に関する心配、こちらの様子はどうかという質問、最後にまた気遣う言葉。

 大きな字でそれらをひと通り書いてくるから手紙は分厚くなる。

 村に行く度に手紙を受け取るので、これはどういうことかと、郵便局の女性がやたらと話しかけてくるのがまずうんざりする。昼はもともと話すのは苦手だし、この事態を説明することなどとてもできそうにない。

 そしてこの手紙に返事を書いた方がいいのかわからない。

 最初に書いたのは昼からだ。お礼の手紙を書いた。とても助けられたから、ちょっとした品物も同封した。それに返事がきた。

 その返事に返事を出す前に、手紙がきた。その2通分纏めて返事を書いて出した日に、ジャンジャックからの2通の手紙を受け取った。

 ジャンジャック以外からの手紙もあったから、最近は買い物袋の半分は手紙ではないかという日もある。

「……どうしよう」

 どこで返事を書くべきか、それとももう書かない方がいいのか。いっそ書かないでくれと書くべきか。ジャンジャックの不器用でも親切な気持ちの文面は嫌ではないけれど、別に毎日欲しいとは思わない自分が非情なのかと昼は少し不安も覚える。それがジャンジャックへの不安なのか、とも思えてますますどうしていいのかわからない。


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