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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は今日も見て回り、夜は次の宿に着く

 夕べに降った雨の雫がまだどの作物にも残っている。上りはじめた日射しの中で、昼は丁寧に見て回りながら、このまま夏になってもひとりだと、畑の世話に誰かの手を借りなければならないだろうと考えた。ひとりで世話を続けるにも収穫するにも広すぎる。

――そろそろ帰ってくるかなと思っていたんだけど。

 朝はともかく、夜は帰ってくるのではないかと思っていたのだが、もしかしたらもう少し先になるのかもしれない。いまはまだそれほどでもないが、収穫が始まっている作物もある。今年試し始めたばかりの豆の新種はもう少し先、初夏から夏になった頃だろう。秋まで待っては食味が落ちそうだ。だが煮て保存するにはいいかもしれない。これは夜が作ってみたいと主張していた豆だから、やっぱりそろそろ帰ってくるかもしれない。

――ああ、そうだ。卵を買いに行こう。

 三つ子は鶏と牛は飼育していないから、新鮮な卵と牛乳が欲しかったら頻繁に村へ行く必要がある。これまで昼が行くことは数か月に1度ぐらいだったのだが、他に誰もいなければ自分が行くしかないし、前ほど人と会うのに抵抗が無くなっている。これはほんの少しでも家から、小さな村から出たこと、ジャンジャックをはじめとして見知らぬ他人と関係を持ったことでなにか変わったのだろうし、昼にとってはそれはいいことであるように思える。

――卵と牛乳。酵母を少し。そうだ。

 あのおばあさんの家で食べた、不思議な風味のパンを作ってみようと思い、気持ちがふわりと浮き上がり、家へと戻る足が早まった。




 乗り換えの列車に乗った時にはそのまままっすぐ帰るつもりだったが、思っていたより早い時間に着いたひとつめの駅で気が変わり、夜はもう1泊することにした。どこでもいいのだが、少し奢って駅から離れているがクラスの高い宿を選んだ。出迎えに宿の主人、受付、部屋付の係まで、なんというかとてもとても丁寧で、ともすると慇懃無礼にも思えるほどで、背中がむずむずした。

 だがさすがに部屋の設えは立派で、サービスの果物とお茶、室内の換気にと少しだけ開けた窓の傍の香り高い黄色い花をつけた枝まで、繊細で気をつかわれていて、ふっくらとした寝具も清潔で温かくて気持ちがいい。

――これは。

 肌触りのいい寝具に誘われて、ひと休みしようと柔らかな枕に頭を乗せた時の香りはアシの家で嗅いだ覚えがある。アシに整えてもらった小さな客間の寝具と同じ香りだ。アシの母親が働いている工場で作っていると言っていた寝具用の香り袋の香りだ。

 あの国の小さな工場で作られていたものが、廻り回って高級な宿の寝具に使われ、それなりに金銭的な余裕がある人々がくつろぐわけである。

 夜はちょっと居心地が悪くなった気がして頭を上げた。

――でも、いい香り。

 もう1度頭を沈めると、少しだけ、と呟きながら目を閉じた。




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