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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は船で、夜は列車で

 船の発着場はなかなか見つからず、なんとかたどり着いた時には、太陽はもう高く昇っていた。空を振り仰いだ途端、呼応するかのように腹の虫が盛大に鳴いて、昼は自分ながらに驚いて、誰にも聞かれなかったかと、思わず周囲をきょろきょろと見回してしまった。

 とりあえずお腹をなだめなければいけないと、そそくさと乗船切符を買い、待合場の日除けテントの隅の椅子に座り、持ってきた弁当を膝に広げる。

 自家製のパンにはチーズの他に、畑の野菜で作ったピクルスも、村の特産品のハムまで詰め込んできた。陶器の保温瓶も忘れずに持ってきたお陰で、温かいコーヒーを2杯も飲んだ。2杯目のコーヒーを飲みながら、やっと人心地がついた昼は、これでは荷物も重くなる筈だと、自分に呆れた。

 切符を売ってくれたおばさんが、「船が来るまで、まあだ時間があるよぅ」と言っていたが、その為か、待合場には人があまりいない。

 がっしりした体格に見事な鬚を蓄えたおじさんが、テントの外で川岸に立ち、上流をじっと見つめている。きっと売り場のおばさんと夫婦で、この待合場に隣接した家に住んでいるに違いない。村の家の造りはどこも似たようなものだから、切符売り場を兼ねた家の中は大体の見当がつく。

 ふたりで暮らすには広いし、屋根瓦の色の差から増設したことがわかるから、子供がいるか、前にはいたかしたのだろう。川風に揺れている洗濯物はふたり分ぐらいに見えるが、なかなかどうして、おばさんは大胆な干し方をしている。庭先が待合場の横なのだから、他人に見られないよう下着を隠そうとか、そんな気遣いがまったく見られない。昼の顔が赤くなってしまう。それにしても、やけに大きなズロースだ。

 昼は食事をとったら眠たくなってしまった。ここに来るまでの疲れも出たのかもしれない。しばらく眠りが浅いような不安定な日々だったせいもあるだろう。

 うとうとしかけたところに、「船がぁ、来るぞぉ」と低い声が聞こえた。顔を上げると、川岸に立っているおじさんが両手を口にあてて周囲に呼びかけていた。わらわらと人が集まり始めた。

――気持ちよかったのに。

 昼は名残惜しさを感じながら、ゆっくりと立ち上がった。




 列車に乗ったことも、これほど長く座り続けたのも生まれた初めてだった夜の体は、どこもかしこもカチコチに強張った。

 ギクシャクした足取りで駅舎を出れば、夜が予想していた以上に町は大きく、行き交う人々の数はこれもまた考えつかなかったほどに多い。

 駅舎の隣にあった旅行者向け案内所のガイドの人は、夜の拙い言葉をうまく読み取ってくれ、安全でなおかつリーズナブルな宿を紹介してくれたのだが、宿は角をいくつも曲がった所にあって、非常にわかりにくかった。

 夜は宿に辿り着くまでの間、町を行き交う人々と何度も何度もぶつかったせいもあって、頭が混乱して道を何度か間違えた。なにしろ道を間違えるという事さえも、夜には生まれて初めてのことなのだ。村には間違えるほどの道は無いし、姉妹の中でも夜は方向感覚に優れていると思っていたから、この混乱はとても大きくて、宿に着いた時は長い安堵の溜息が出た。

 宿は3階建ての石造りで、木製の扉は開け放たれていた。外の明るさに比して、少しほの暗い受付に幼い感じのする背の低い女性が立っていて、入ってきた夜を興味深げに見つめている。ぱっちりとした目が大きく見開かれ、口をきゅっと閉じている。夜はもう2歩ばかり受付に近づいた。

「あの、ええっと、こんにちは。私」

 受付の娘は、さあっとばかりに身を乗り出した。

「いらっしゃいませっ。観光協会から連絡があった方ね、そうでしょう。今、電話が来たから。とってもきれいな人が予約をいれたよって言われたの。ほんとうね。すぐにわかったぁ」

 当然なのかもしれないが、夜が辿り着く前にちゃんと予約の連絡があったことと、普段使わない近隣国との共通語が通じたことに夜はほっとして微笑んだ。

 とってもきれいなという言葉に、もしかしたら人違いをされているのかもしれないとは思ったものの、社交辞令として受け取っておいても害はないだろうと、夜はひとり頷いた。実際、ここには他に誰もいないし。

 案内された部屋は小さいがこざっぱりと清潔で、北向きながら大きな窓があった。開けてみると山が見える。夜の国をも貫いている北の山脈だ。猛々しいばかりに聳え立つ山々は、夜が毎日見ているあの山の連なりと同じはずなのに、どうにも違和感がある。よくよく考えてから、見る角度が違っているのだという至極あたり前なことに思い当たった。

 荷物を置いてぼんやり山を見ていたら、ぐるぐるしていた頭の中もすっかり落ち着いた。

 夜は見慣れていた筈の山脈の違う顔を見ながら、この町を少し歩いてみることにしようと考えて部屋を出た。

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