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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は道をいく

 砂漠を行くわけではないので、朝はらくだには乗らずに、歩いていくことになった。らくだには多めの食料が積まれているので尚更だ。男は「用心に越したことはない」と言って、かなりの量の食料を手に入れた。だが水袋の数は変わらない。山脈沿いに行くなら、水に困ることは無いという。

 らくだはぶうぶう鼻を鳴らしながら、時折、ちゃんとついてくるかと朝のことを振り返る。男は1度も振り返らないから、代わりなのかもしれない。らくだにとっても、朝は危なっかしい生き物だということだろうか。

 南に向けて口を開けている門は、入ってきた南西の門からはそれほど離れていない。門前では道がいくつも交差している広場になっているが、それらの道は自然と離れてそれぞれの目的地へと伸びている。朝の道はこの小さな国の端の少しをするっと歩くだけの道のりとなってしまったわけだ。

 しばらくは整った道を行くことになるらしく、人通りも多いからと、男からは辺りを見回さないように強く念を押された。

「だから、下を向いてばかりだと危ないでしょう」

「らくだについてくれば他の物にぶつかることは無い。それよりも通りすがりの人に不審な尼僧だと思われるほうが危険だ」

 返す言葉は無く、朝はらくだの揺れる脚と、轍の跡が長く続く道を見つめて歩くしかなかった。

 朝達が辿る道は荷馬車が楽にすれ違えるほど広く固く、交易の際の本筋なのだとわかる。らくだを右側に、男は前を、朝はらくだの幅だけ後ろを歩く。時折らくだが落し物をするのでそれを避けるのだが、1度ならず僧衣につきそうになり、いらいらした朝は長い裾を足首が丸見えになるぐらいにまでたくしあげた。

――この方がいいわね。

 だが分かれ道で男が振り返った時、この方法はあえなく却下されてしまった。

「どこに足を出して歩く尼僧がいる」

「だってらくだって、やたら糞をするんだもの。避けるのも大変なのよ。衣だって汚れるし」

「そんなこと気にするな」

「気にしないわけいかないでしょう」

「まったく」

 苦々しい顔で呟くと男はらくだの荷物を調整し、自分も少し背負うと、「やっぱり乗れ」と、朝をらくだの上に押し上げた。

「でもこれじゃ、らくだが疲れちゃうじゃない」

「おまえが足を出して歩くよりマシだ」

 それでも男は歩く速度を遅くした。らくだは気にしなくてもいいのにと言わんばかりに、鼻面を男にこすりつけながら歩いている。確かに男は、そういったらくだのいっさいを気にしていないように見える。

 道はうねうねと曲がり、ゆるやかな起伏を伴いながら伸びていく。2度、3度と分かれ道が現れ、その度に男は更に南へと足を進める。

「このまま行くと小さな森に入る。入った先に沢がある。そこで野宿だ。これからは明るいうちに行動したほうがいいからな」

「山は暗いと危ないものね」

「それぐらいは知っているのか」

 つくづく馬鹿な女だと思われているらしい。もっともそれに反論するだけの何かを朝は持っていない。だからおとなしくらくだに揺られていた。

――でも畑のことなら私の方が詳しいかもしれない。

 そうも考えてから、いやいやと首を振った。世俗に長けているこの男なら、朝よりも詳しくてもおかしくないように思える。何かひとつでもこの男より得意なものがあれば、こうまで馬鹿にされなくていいのではないかと一生懸命考えてみても、何ひとつ浮かんでこない。

 そもそも、こんな旅に出たことが男にとっては考えのつかない愚か者のすることだということなのだが、朝の中でそういった考えは思いつかない。

 らくだは男の歩調に合わせてぶひんぶひんと進んでいく。朝はらくだの上で、しきりに首を捻っている。今考えるべきことは他にあるということまで忘れて。

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