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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は村へ、夜は駅から

 目を覚ました時、昼はこれほどぐっすり眠ったのは本当に久しぶりだと思った。

 昨日も自分のベッドでくつろいで寝たと思っていたけれど、やはり男とふたりきりでいるということに緊張していたらしい。自分では気がついていなかったが、どうやらそうだと思うと、なんだかくすくすと笑いが止まらなかった。

 太陽はまだ顔を出しきってはいないが、辺りはすでに明るく、今日もいい天気になりそうだ。

 身支度を整えると、食事の前にざっと畑を見て回る。水はまだやらない。夜露の具合、葉の具合、ちょっとしたことを見て回り、ほんの少し手を出すだけだ。

 それらを終えてから食事をとる。ジャンジャックほど食べられない昼には、パンとコーヒーと少しの果物、それで十分だ。

 洗濯を済ませ、畑での作業を終えた後、今日は家の大掃除をすることにした。数日しか留守にしていないのになぜか埃っぽいので、この際だと徹底的に箒をかける。

 洗濯物が乾く前に戻ってこられるよう、村へ出かけることにした。ジャンジャックから手紙が来たら、返事を出さなくてはならない。助けてもらった人々にも、ちゃんと家へ着いたと知らせたかった

 だが手紙を書くための紙がほとんど無いし、切手の買い置きも無くなっている。

 手紙用の紙、封筒、切手。あとは乳製品とベーコンを買うこととメモに記し、昼は勇んで村へ出かけた。これほど楽しく村へ出かけることは何年ぶりだろうと思いながら玄関を開けると、「そうだ」と買い物用のメモに花の苗を付け加えた。




「ちゃんと買えた?」

「なんとか」

 夜の差し出した切符を見て、アシは悲しそうに「うん。これで大丈夫」と言った。

「ホームがわかりにくいかもしれない。駅員に聞いたほうが早いよ」

「そうね」

 時間はまだあった。大きな鉄道路線図の前で、夜は自分の村の近くの町の名前を見つけ出した。

「あの町。あそこまでは列車があるの。そこからは馬車だけど」

「わかった。馬車は誰かに聞けばわかるよね」

「すぐにわかると思うわ。村からはかなり歩くけど。道なら誰に聞いてもわかるはずよ。なんといっても、三つ子だから、私たち」

「夜の顔がみっつあるんだ」

「そっくり同じ顔なのよ。きっと見分けがつかないわ」

 アシは微笑んだ。とても柔らかで少年には見えない、今までで1番大人びた笑顔だ。

「夜はわかるよ」

 夜が首を傾げると、アシはもう1度微笑んでから、鉄道路線図を振り返った。

「あの国を通ってきたなら、あの町には寄った? 有名な城とバラ園があるんだ」

「そこからここへ来たの。お城も、バラ園も見てきたわ」

 アシは意地悪そうに、そして答えはわかっているというように尋ねる。

「おもしろかった?」

 夜は厭な顔をして首を振ってみせ、ふたりで笑った。

――そういえば。

「この国では共通の言葉はいつ習うの?」

 夜の村では共通の言葉を教えるのは遅い。町の学校は少し早いのだが、村には他国の人々が来ることは滅多に無いので、自然と教えるのもゆっくりになる。夜は13の時から習い始めたが、使う機会が無い分、覚えるのにはかなり苦労した。

「うふふ」と、アシは女の子みたいに可愛らしく笑うと、ベンチに腰かけてアシの服の裾をつかんでいるモン老人を見た。

「じいちゃんはこう見えても、7つの言葉を使い分けられるんだよ」

「すごい」

 モン老人はもう片方の手で、さっきアシが買ってあげたお菓子を握り、ぼうっとした目で辺りを見ながら、ただもくもくと口を動かしている。

「小さい頃から教えてもらっていたから、そうだな。このぐらいなら、どこの国の言葉でもわかるよ」

 アシは路線図の隣にある近隣の国々を網羅した地図を示した。ぐるりと指を回して描いた円は、驚くぐらいに大きかった。

「そんなに?」

「うん。だから大丈夫。ちゃんと夜の所に行けるから」

「わかった」

「……いつかね」

「……いつか」

 列車の発車時刻が近づいた。夜は鞄を持ち上げ、「それじゃあ」と、アシに背中を向けた。アシは「またね」と、叫ぶような、けれども聞き取れないような細い声を出した。夜は振り返らなかった。

 それに夜はまだ、村には帰らない。



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