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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は砂漠で考える

 オアシスはこれまで見たどれよりも大きく、深く澄んでいた。

「魚はいないのね」

 水を飲んだ後、泉を覗き込んでいた朝がそう言うと、男は久しぶりに「馬鹿な」と言った。

「これだけ澄んでいれば魚は棲めない」

「どうして?」

 男は布を広げ、簡易な幕を張りながら、顔を顰めたまま答えた。

「水が澄んでいるところに魚の餌は無い」

「うちの傍の小川はとても澄んでいるけれど、魚だって多いわよ。澄んでいても餌はあるってことでしょう」

「川は絶えず流れているから澄んでいるだけで、餌はある。流れが無いのに澄んでいるところに餌は無いんだ」

 そう聞いても、朝にはあまりよくわからなかった。只単に、この泉には元から魚がいなかっただけではないのか。そう言いたい気もしたが、男が疲れているようだったので、それ以上は言わずにおいた。怒るのも疲れることだろうと考えたのだ。どうも朝は男を怒らせるのが得意な気がする。

 男が作った日陰に朝がおとなしく入り込むと、男は泉の横に焚き火を作りながら言った。

「次のオアシスは町に近い。俺の国のすぐ南にある国だ。内乱に関係している様子は今のところ見られないが、本当はどうだかわからない。どっちにしろ、隣国で内乱が起きたとあれば騒然としているのは間違いないだろう。なるべく顔を見せないようにした方がいいのは変わらないからな。それに尼僧の格好をしているんだから、うかつな行動もできないぞ」

「うかつ?」

「まあ、自分ひとりでらくだに乗ろうとする無茶はしないでくれ」

 男は、にやりと口の端をあげた。朝は「わかった。気をつけるわ」と答えた。

「それから、行き先はどこだ。食料を補充してから、そこへ向かおう」

「行き先」

「無いのか? 俺はどこへなりとも連れて行くし、おまえがひとりで大丈夫だと思えるまでは一緒にいる。これは約束できるが、行き先もわからないのでは困るな」

「そうよね。それはそうだわ。私も困るわ」

 間の抜けた返事だったが、今度は馬鹿呼ばわりされなかった。鼻で笑われただけだ。

「考えておけ」

「わかった。考えておきます」

 男から手渡された食料を口にしながら、果たして自分の行きたい所はどこだろうと、朝は懸命に考えた。

 既に日は昇り空は高く、砂漠は広くてどちらもどこまでも続いている。朝は家を出てからのことを思い出し、姉妹のことを考えた。

――あのふたりはどこに行ったんだろう。

 ふたりが家を出たということは間違いないのだ。

――夜はきっと、行きたい所に行っているんだろうけど。安全に行動しているだろうし。無口なわりに人に好かれるから、困ったことになってはいないと思うけど。まあ、これほど馬鹿呼ばわりされているってことは無いわね。

 けれども、もうひとりには不安があった。

――昼は人見知りが激しいからなあ。

 朝は、昼が家から出て行った後のことが想像できなかった。どこへ行っても、あっという間に家に帰ってしまいそうな気がする。家を出たのは間違いないという思いがあるのに、その先がわからない。

「どうしてだろう」

 朝の声に、らくだが振り返った。男は日陰に座り、黙って食事をしている。

――私たちは誰も家にいたくなかった。どこかへ行かなければいけなかった。

「全然わからない」

 男は片方の眉を引き上げたが、やはり何も言わなかった。らくだが不満気に嘶いた。

――なんで私は砂漠にいるの。



「考えたか」

「考えているわ」

 オアシスを離れる前、男の問いに、朝はそんな返事しかできなかった。考えても考えても答えが見つからない。仮眠を取っている間でさえ、行き先を迷う夢を見てしまったぐらいだ。それほど考えていても答えが出ない。

 三叉路に立ち尽くし、どこに行ったらいいのか迷う夢くらい体に悪いものは無いのではないかと真剣に思ったほどだ。

 太陽は地平線に半分ほど沈んでいる。

「とりあえずはまだ南だ。明ける頃には国境の門に着くだろう」

 男はそれ以上、不毛な問いを繰り返すことで時間を無駄にはしなかった。朝はらくだに乗りながら、その後揺られながらもずっと考えていた。

 どこへ行きたいのか。自分はどうしたいのか。

「国境の門に着いたら日が昇るのを待つ。町に入るのはそれからだ」

 男はまるで独り言みたいにぼそりと呟いた。だからそれまでには、もしくはその町から出るまでには、行き先を考えておけということだろう。

 朝はらくだに揺られ、地平線と星を眺めながら、ひたすら考え続けた。

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