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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は息を吐く

 ジャンジャックがあまりに名残惜しそうなので、昼はほとほと困ってしまった。

「帰ったら手紙を書くから、俺、字、汚いけどさ。だからちゃんと返事をくれよ。そうでないと心配で仕方がないから」

 家にいるのだから、もうなにも心配することはないと繰り返し言っても、ジャンジャックは信用してくれなかった。村まで送りますと言っても、「いや、家にいるほうが安心だから」と言う。それではここでと言えば、「ひとりで大丈夫かな」と言う。

――お人よしというのは、この人のことを言うんだわ。

 昼は何度も「大丈夫? ひとりだと不便だろう?」と繰り返すジャンジャックを見てそう思った。


 夕べもそうだった。客間に案内すると、「外から鍵をかけていいよ」と言う。昼が「部屋に鍵なんてないわ」と言うと、とても慌てた。

「いや、大丈夫だけど。神に誓って大丈夫だけど。あの、大丈夫?」

 今度も何かの冗談かと思って、昼は笑ってみせた。笑ってから、ジャンジャックが真剣な顔を崩さないのを見て、これは冗談ではないのだとわかった。

「大丈夫よ。何も心配はいらないわ」

「そ、そう。大丈夫」

 ジャンジャックにしたら、実に複雑な心境だったに違いない。

 家に着いた途端にわんわん泣いている昼が可哀想で、そっと背中へと回そうとした腕を、このまま抱きしめてもかまわないものだろうか、父親の信頼を裏切ることになりはしないかと思いながらも、躊躇していた時、昼はぱっと立ち上がった。そして、「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」と謝ると、「おなかが空いたでしょう。何か作りますね」と言うが早いか、さっさと家へ入ってしまったのだ。

 そうなると、ジャンジャックは哀れな右手を見下ろしながら、「はい」とついていくしかなかった。「簡単なものばかりでごめんなさい」と言って出してくれた食事は、なかなかどうして美味で、いくらでも食べられそうな気がしたが、「寝る前だから」と遠慮しておいた。

 昼はとても素敵な人で、ジャンジャックは一人前の男なりの欲望を持っている。だからジャンジャックは一晩中、ありったけの理性をかき集めなければならなかった。

 ジャンジャックは、昼は清純すぎて、何も知らないに違いないと考えた。

 その証拠が、「大丈夫よ。何も心配はいらないわ」という言葉だ。いったい、何を心配していると思っているんだろう。ジャンジャックは結局、一睡もできなかった。

 だから今、ジャンジャックは充血した目をしている。

 実はジャンジャックが思うほど、昼は何も知らないわけではない。ただ、そうしたことの経験が無いだけなのだ。そういう意味での好奇心も薄いのかもしれない。これも三つ子に共通している。

 昼は自分のベッドに横たわった時、ジャンジャックが我慢していることとその意味に、遅ればせながら多少、気がついた。けれど昼はジャンジャックが理性を失くす人には思えなかったし、とても眠かった。それに自分のベッドはとても心地よいものだった。そして昼が気がついたことなど、本当に少ししかなかった。

 眠りにつく間際、「ジャンジャックはとてもいい人なんだわ」と思ったところに、昼がいかに鈍いかが現れている。


「すぐに返事を書くわ。心配なら、何度手紙を書いてもらってもかまわないから。ちゃんと返事を書くから、大丈夫よ」

 昼の言葉に、ジャンジャックは「きっとだよ」と念を押して、やっと村へと足を向けた。昼は大きな後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、ほおっと長く息を吐いた。

 すでに太陽は傾きはじめている。昼は天を仰ぐと、またため息をついた。今日は畑を見て回るぐらいの時間しか無さそうだ。


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