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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は地図を見る

「これがこの町」

 アシは庭に置かれた四角いテーブルの上に広げた地図の中心より左に外れた場所を指した後、すうっとそのまま右へ動かした。

「夜の国はここ?」

「そう。ちょうどこの辺りに村があって、家は村の外れの小川の傍にあるの」

「他にはなにがあるの」

「畑と小川と、北の山はあの山のどれか」

 夜が指差した方角には高く白い峰が連なっている。ここからではずいぶん遠くに感じる。アシはモン老人が庭から出て行こうとするのを止めると、もう1度地図を眺めた。指が何回もアシの国と夜の村との距離を辿る。

「けっこう遠いんだね」

「そうね、列車には長い時間乗ったわね。でも来る前に考えていたよりはずっと近かったわ」

 モン老人が何事かを早口でまくしたて、アシがひと言ふた言、言葉を返すと頷きながら微笑んで黙った。

「なんて言ったの?」

「若い頃にあの山に登ったって。思い出したら話して聞かせてって言ったから、今思い出しているところじゃないかな。それもすぐに忘れちゃうけどね」

 アシの住む建物の裏には細長い庭があり、庭は各戸ごとに塀で仕切られている。アシの家の庭には四角いテーブルと、ここにもまたばらばらな形の椅子がいくつも置いてある。一面に芝草が茂っているが、モン老人が片端からちぎるので、妙な具合に刈り揃えられているかのように見える。花は無いし、木も無い。それでも部屋に籠っているより気持ちがいいので、晴れた日はここにいることが多いらしい。

「ちょっとでも目を離すとここからもすぐに出て行っちゃうけどね」

「それで駅まで行ったりするのね」

「うん。いつもはもっと近くで見つかるんだけど。昨日はがんばって歩いたみたいだ」

 テーブルに広げている地図は元はモン老人の物で、古びているが美しい装飾と、地名や地形が詳細に書き込まれている。モン老人がまだここまで物事がわからなくなる前に、アシがかなりねだって譲って貰ったらしい。欲しくなるのはよくわかった。なにより、夜の小さな村ですら、ちゃんと名前が書いてある。とても小さくだけれど、周囲に村が無いから書く場所があったようだ。

「おじいさんは山に登ったことがあるのね」

「うん。じいちゃんは若かった時にいろいろな所に行ったって。昔はよく話してくれたんだけどな」

 アシはそれより、と眉間に皺を寄せて夜を見た。

「ねえ、本当に首都に行くの?」

「そのつもりだけど」

「確かに賑やかでなんでもあるし、観光地だけど。でもあそこは聖地だから、なんていうか、変な人が多いんだ。わかるかな」

 なんとなくわかるような気はした。夜は、宗教は思いの強い人にほど、微妙な歪みをもたらすことも多いものだと考えている。そして信仰が強い分、自分の歪みに気がつきにくくなる。それも聖職者というより、そこまではいかないけれど、という立場の人に多いように思う。

 もっともそれは夜の思い込みに過ぎないのかもしれない。それほど信仰心があるわけではない。夜は寺院の芝生と木々は好きだったが、寺院や宗教自体に興味は無かった。

「この国の宗教は他とは変わっているからさ。観光客に無理強いはしないけど、戸惑うことはあると思うんだ」

「そう」

 けれども夜は、このどこか寒々しい町でこの国を終わらせてしまうのはなんだか悲しい気がしていた。隣国なのに言葉もよくわからない。けれどアシの家の中では文化の違いはあまり強く感じない。

 アシが言うには、この国は町のひとつひとつが少しづつ違いを競い合っているらしい。

「同じなのが厭っていうか、ひとつの町にひとつの特徴はなくちゃいけない、みたいな感じかな。ま、そうやってけしかけている所があるせいだけどね」

 どうやらそれがこの国の宗教らしい。違うことは素晴らしいと煽っては、様々な形で献金を要求する。だから本山のある首都以外は大きくなれない。そして争いに勝てない町はどんどん小さくなっていく。実際に町の面積そのものが小さくなったこともあったと聞いて、夜は耳を疑った。

「そんなこと、有り得るのかしら」

「あるんだよ。だから、この町を束ねていた人達が慌てちゃって。それで名物を作ろうとして。それでこんな」

 アシがぐるっと腕を周囲に回してみせた。夜は「ああ、そうなの」としか言えなかった。

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