表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
40/247

朝は話を聞いて

「町はあっちだ」

 男の指し示した方角は、朝の見ていた方向とはほぼ真逆だった。

「あら」と呟く朝にかまわず男は話を続けた。

「町の勢力の片方は軍人が、もう片方は僧侶が中心になっている」

「僧侶が戦うの?」

「そう珍しい話じゃない」

 男は息を吐いた。

「この国の宗派は武闘に長けているという特徴もある。砂漠の中とはいえ、交易路の中間地点として昔から利益の大きな土地だし、水が豊富にあるからな。内乱だってそう珍しいことじゃないんだ。とはいえ、これほどひどくなることは近頃ではなかった。表立っての対立は数年前まではかなり影をひそめていたんだ」

 だから僧侶になった。

 そういうと、男は疲れたように長く息を吐いてから、「とにかく」と続ける。

「国の東の町でとうとう内乱が始まった。それが昨日店に来た男から聞いた情報だ」

 昨日、朝達が立ち寄った家に飛び込んできた男のことだろう。

「内乱はあっという間に広まる。すぐにあの町もそんな状態になる。官長は穏やかに見えるが、意志の強固な人だ。一歩も軍に譲ったりはしない。この数日、来客も多かったようだし。たぶん、そういった話が出てきていたんだろう。俺が砂漠に出されたことも、それを踏まえてのことだろうし」

 最後の呟きは、実に厭そうな顔から出てきた。

 そう言え話をする暇が無かったなと呟いた男に、朝は思いついたことを尋ねた。

「砂漠に出されたって、修行していたわけじゃなかったの?」

「なんで砂漠で修行をするんだ」

「だって、砂漠で困った人を待っていたのかと思って。その、修行のために」

 全くしょうがないな。

 男の顔はそう言っていた。それでも朝のあまりの間抜けさ加減に毒気を抜かれたのか、そう怒っている風でもない。

「お前に会ったのはたまたまだ。修行の途中で困っている人に行き会えば助けなければならない。だが行き会わなければ、わざわざ探すまでもない。修行というのはいろいろあるものだ。とにかく、俺は名前がつくまでは官長に絶対的に従わなければならない。これはなにごとにも優先されるべきことのひとつだ。もっとも」

 男は皮肉な笑みを浮かべた。

「助けなければいけない人物がいる時は、何をおいてもそれが最優先事項だ。だからお前がいてくれたお陰で、俺はこうして町を出ても、砂漠にいてもかまわないってことになるわけだ」

「はあ」

 朝は少しは役に立ったらしい。まるでそんな気はしないのだが。

「内乱が起こってしまった以上、他所の国の人間が留まるのは危ない。女子供はまっさきに安全な場所に隠されるだろうから、女が外を歩いているだけでも不審な事態ということになる。お前みたいに目立つ顔なら余計だ」

「でも私は内乱に関わっていないし、知らなかったし。そもそも内乱なんだから、他国の人間を疑うことは無いでしょう」

「言っただろう。どちらの勢力にも他国の影があるんだ。町の人間は、それがどこの国なのかはっきり知っているわけではないが、そういう力が働いているぐらいは気がついている。お前が他国から来たとわかっても、どこの国の人間だとか、関係が無いとわかるわけじゃない。この時期、他所者だというだけで不審者だ」

「はあ。なんだか大変なことなのね」

 男の体からおもいきり力が抜けたのが、朝にもわかった。

「ああ、とっても大変なことなんだ」

 朝は首をすくめて水を飲んだ。そして男が話し続けだったことに気がつき、新しく水を汲んで渡すと、男は「ありがたい」とすぐに飲み干した。

 太陽はのんびりと空を渡りだし、気温はどんどん上昇している。

 三つ子の家を出た時には、晴れてはいてもまだ空気は冷たく、上着無しではいられないと思ってウールの上着を選んだのに。

 朝の黄緑色の上着は丈を短めに仕立ててある。朝は昼と夜が同じ色の上着を持っていることを知っている。昼の上着は真っすぐな形で丈が長く、夜のは腰のところで少し絞ってある。

 今、朝の上着は砂にまみれたまま、鞄の持ち手に挟まれている。

 これが朝が望んでいた冒険なのか。

 朝は男に尋ねた。

「あなたも戦うの?」

「名前がついたら、そうなるかもしれない」

 それがいつなのかはわからないのだ。それでもさっき、男はそう遠くない先だと言った。その時までこの争いが続いていたなら、戦場に立つことになるのだろうか。

「そう」

 朝の目には、寺院の官長という人は穏やかで優しそうな人に見えた。言葉を大事にして、誰にでも公平な人に思えたけれど、それでも戦いをするのだ。戦いとはそういう事なのだ。

 男はふっと立ち上がると、「ちょっと待っていろ。様子を見てくる」と壁の向こうへ出て行った。

 らくだがついていきたげに鼻を鳴らしたが、男は鼻面を数回撫でただけで置いていった。だからすぐに戻ってくるのだろうと、朝は残りの食べ物をしまい、もう1度水を飲み、体をほぐしたり、らくだがぶひぶひ唸るので体を撫でたりしながら男を待った。

 けれども、男はなかなか戻ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ