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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は西に、昼は南に

「西に行く」なんて、威勢よく出てきたところで、西に何があるのか夜は知らない。

――とりあえず、町まで出れば駅があるわ。

 村まで歩きながら、西、西と呟いていることに気がついて、夜は顔を赤らめた。勿論、誰も見ていない。

 家を出ることはさっき決めたばかりだから、行くあてはなかった。それに行きたいところもすぐに思いつくものでもない。

 いま、朝はどこまで行っただろうと考える。夜は、朝だけは目的がはっきりあるような気がしていた。朝はなにをするにも、目的があるようにすたすたと進んでいくのだ。

「……冒険ってなによ」

 東へ向かって行くと国境の門と壁にあたる。その先には砂漠があるのだが、地図で見れば村からそう遠くもないはずの砂漠を、夜は生まれてから一度も見たことが無い。3人の家の横には枯れることなど考えられないほど水量の多い澄んだ川が流れているし、村の西端には対岸が見えにくいほど幅のある川が滔々と流れている。つまり夜は川を越える道を選んだことになる。

 夜は今までに、どこかへ行きたいと思ったことはあまりなかったと思う。戯れに話をしたことぐらいはあったかもしれないが覚えていない。だいたいが、姉妹が別れて暮らすことだって、考えたことは無かった。

 両親が死んだ時。学校を卒業した時。別れて暮らすチャンスはいくらでもあったはずなのだが、誰もそのチャンスに気がつかなかった。夜に限っていえば本当に気がつかなかった。

 3人であの小さな家で過ごしていくことを疑問にも思わなかったし、この生活を変えたいと思ったことも無い。

 それなのになぜだか夜は旅の荷物を抱え、村の入り口で寄り合い馬車を待っているのだ。3人の誰とわからないままに声をかけてくる村人達に微笑みを返しながら。

――川を越えたら他所の国。

 対岸はすでに違う国だ。この国はかなり大きくて、そこには興味深いものが沢山あると聞いていた。勢いで言った西という案は、存外にいい選択だったのかもしれない。

 こうして家を出ることになった原因はさておき、それにそうしなければならないという切羽詰まった気持ちも横において、夜はドキドキしていた。ウキウキと言ってもいい。全てのことが初めてで、不安もあったがそれ以上に好奇心が膨らんでいる。

 確かに今までの3人の生活に、冒険と呼ぶようなものは無かったかもしれない。それは考え方次第でもあるが、姉妹にとって単調だったことも事実だ。そんなこともきっかけのひとつだろうか。

 冒険とはなんだろう。それは難しい疑問だ。答えも簡単には出てこない。こうして行動を起こしたことが、夜にとってかなりの冒険と言えなくもない。けれどもそれに気がつくほどの余裕は夜には無いし、きっと朝と昼もご同様だろう。

 ほんの短い距離を馬車に乗っただけで、国境を越える駅舎に辿り着いた。こんなに近いとは思わなかった駅の中で、目的地への切符を買うのも、そこへの列車を見つけるのも、乗り方すら、夜は誰かに尋ねないとわからない。おたおたしながら、何人もに訪ねてやっと、6人乗りの個室へ落ち着いた時、疲れていても、夜にはこれだけの事を無事にやりとげたという充実感があった。

 案内してくれた車掌によれば、この個室にはしばらく誰も乗り込んで来ないらしい。暑く感じていた黄緑色のウールの上着を脱ぐと、夜はゆったりと椅子に沈みこみ、ふうっと長い息を吐いた。列車はすでに国境を越えはじめている。




――どっちへ行ったらいいのかしら。

 全ての畑の様子を見て回り、戸締りの確認も済ませてから家を出たので、昼はだいぶ遅くに村に着いた。それでも昼にしては焦って家を出てきたのだ。だが、どこへという行くあては無い。馬車にも乗らないまま、村の西端にある川に突き当たるまで歩いてきてしまった今でも、どうしたらいいのかいっこうにわからない。

 村の西端にある国境を兼ねた川は、そのまま下るとともっと幅のある川と合流して、末は海峡へと流れ出るらしい。昼は聞いたことがあるだけで、行ったことはないし、行きたいと思ったこともなかった。

 どうしようかと内心では焦っているのだが、昼は表情や行動にその焦りが出てこない。いまも傍目にはなんだかぼんやりと川を眺めているようにしか見えないだろう。

 そうしているうちに昼は、川を少し下った先に船の発着場があったことを思い出した。

「……暑いわ」

 いくらなんでも着こみすぎたかと上着を脱ぎ、鞄の持ち手に無理やり挟みこんだ。黄緑色のウールの上着は、誰の物と決まっているわけではなかったが、昼は自分に一番似合っていると思っている。

 村では誰も区別がつかない姉妹は3人とも同じ顔の筈だが、朝ははっきりすっきりとしているし、夜は凛々しい中にも健やかな色気があって、たぶん、3人の中では一番美人だ。

 比べて昼の顔立ちは、自分で思うに、少しぼんやりしているように見える。けれどもその曖昧な感じが、この上着の色と似合っているとも思っていた。そんなことを考えているのが昼ひとりだけだとしても、それはそれでかまわない。

――そうか、この先は南なのね。

 川の流れを見つめながら、昼は頷いた。このまま下流に行けば、朝とも夜とも違う、南へ向かって行くことになる。そしてそれが答えのような気がしたから、昼はわっせと荷物を持ち上げると、また川岸を歩き始めた。目的のはっきりしない道のりに、既にうんざりし始めていたのだが。



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