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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜はついていく

「どこまで行くの?」

「もう少し。疲れた?」

「疲れてはいないけど、大丈夫かな」

 アシはなんのことだという顔をしてから、「ああ」と頷いた。

「じいちゃんなら大丈夫。お茶も飲んだし、寝たら起きないから」

 アシの言う通り、モン老人は出かける時にはよく寝ていた。ぐっすりと、なんの心配も無さそうな顔で笑みを浮かべていた。

「さ、もうちょっと」

 夜はアシの大きな笑顔に微笑みを返しながら、こんなに楽しそうなら大丈夫なんだろうと思うことにした。夜の用心深さはこんな程度である。

 町のどこにも人通りは全く無い。

 だがそれより夜が驚いたのは、街灯が全て電気で灯されていることで、この国はよほど裕福なのかと考えた。夜の村の街灯には未だに油が使われている。村に一番近い町の街灯はガス燈らしいが、それを見ることのできる時間まで町にいることは無い。

 そしてここまでのどの町でも、駅舎以外で電気の明かりを見たことは無かった。

 三つ子の家では居間の明かりに、少し高価だが香りのいい油を使っている。電気が必要だと感じたことは1度も無いし、朝や昼からそれを必要だと聞かされたことも無い。

 けれどもその明るい電気の街灯は、何本かにひとつは壊れているのか点いていなかった。電気の物は壊れたら芯を直して火を点けるというわけにもいかないことは夜も知っていた。そこまでの余裕が無いのなら、ガス燈の方が便利そうなのにと思いながら、夜はアシについていく。



 何回か角を曲がっているうち、夜は海の匂いがすることに気がついた。まるですぐ近くに海があるかのように、匂いはどんどん濃くなっていく。それにじわじわと響いて聞こえてくるのは、波の音ではないだろうか。

「……海?」

 そんな筈はないと思った。夜は村から西へ西へと列車で移動した。多少蛇行しているとはいえ、ほぼ一直線に西へと向かっている列車でここまでやってきた。夜が降り立ったのは、海など無い内陸の国の筈だ。

 アシは夜の顔を見て、にやりと笑った。

「海、じゃないよ」

「でも」

 潮の香りはどんどん強くなるし、波の音はもう耳鳴りのようになって響いている。アシは「あははは」と声にして笑った。

「ほんとうになんにも知らないで来たんだね。この町で降りる人は、大概知っているんだけどな」

「知っている?」

「うん。そうでもなければこんなところで降りないよ。見てのとおり、なあんにも無いんだから。あ、ここから行こうか」

 アシは角を曲がっていきなり現れた低い塀によじ上ると、見上げる夜に手を差し出した。塀は白い岩でできていて、細かい穴がぷつぷつと一面にあいている。

「どっちにしてもここに来たってすぐに帰っちゃうけどね。明るい時に見ると余計にがっかりしちゃうみたいなんだ」

 アシほど身軽にというわけにはいかなかったけれど、手を借りた夜もなんとか塀の上によじ上った。

 風が強くなった。海が押し寄せてきたかのように匂いと音が大きくなる。塀にはあまり幅が無くて、夜はぐらりとよろけてしまった。

「気をつけて」

「ありがとう」

 細いと思っていたアシの腕は、畑仕事をしている夜よりも余程逞しくてがっしりしている。ひょろひょろと細い体つきなのに、よろめいた夜を支えてもびくともしない。遠慮しないで荷物を持ってもらってもよかったのかもしれないと、今更なことを考えながら、夜は顔を音のする方へと向けた。

 そこには波が打ち寄せる白い砂浜と、空と同じ暗い色をした海があった。

 ふたりの立っている塀は、ゆるく湾曲して海を縁取っているようだ。そう見えるだけかもしれない。左右ともに塀の先は暗くてよくわからない。白くて細長い砂浜は海と塀の間に挟まれてある。砂浜が星の光を集めたようにぼんやりと明るいから、塀が湾曲して海を囲んでいるように見えるのだ。

 ここは夜の目には海にしか見えない。夜は子供の頃に3回、海に行ったことがある。両親の生まれた町が海辺だったらしく、ふたりとも海が好きだった。ふたりの祖国からは遠く離れている、三つ子の生まれた国の端にある海へ、家族5人で出かけた。両親が亡くなってからは1度も行ったことのない海。


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