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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は帰る

 昼が思っていたよりも、川はずっと長かった。船は昼を随分遠くまで連れて行っていたのだ。

 馬車を乗り換え、途中1泊し、また馬車を乗り換え村にたどり着いた時、2日目の太陽もとっくに姿を隠していた。こんな時刻では馬も借りられないから、村から家までは歩いて行くしかない。ジャンジャックは「暗い中をひとりで帰すわけにはいかない」と言いながら、村の宿に荷物を置くこともせずに、だがどうしたものかととまどっていた。

 一方昼はそんなジャンジャックの様子にはおかまいなしに、「なら家へどうぞ。かなり歩くけれど」と言うが早いか歩き出していた。

 昼は今まで誰も見たことがないほど速く歩いた。村の知り合いとすれ違っても軽く会釈をするだけで、脇目も振らずに歩いた。

 たまたますれ違った人々は、もう遅い時間なのでそれ程多くはなかったが、それが三つ子のうちの誰なのかはわからなかったけれど、逞しい青年が遅れないように横を歩いていくのを目を見張って見送っていたが、そんな様子も気にかけないほど速く歩いた。

 ずんずん歩いて村を抜け、林をふたつほど抜けていく長い道を辿った先に、さわさわと緑が翻る大きな畑がある。

――ああ。

 大丈夫だったと、昼は胸を撫で下ろした。この畑は三つ子の持っている中では中ぐらいの大きさで、今年は珍しい品種を芋を植えている。うねうねと地を這う茎についた葉はどれも大きく広がり、さわさわと風にそよいでいる。

 思わず鞄を取り落とすと走り出していた。畑に突っ込むように入っていき、状態を確かめる。地面はしっとりと湿っている。村の友人は、頼んだ水遣りをしっかりやっていてくれたのだろう。畝は獣に荒らされた様子も無く、葉には虫もついていない。

 ひとつひとつ確かめながら歩いていくうち、泣き出しそうになっているのに気がつき、なぜか「あははは」と声に出して笑ってしまった。

 畑の端に立ち尽くしているジャンジャックのことなど忘れたかのように、昼は笑いたいだけ笑うと、駆け戻って鞄を取り上げ、家に向かって走り出した。

「おい、待ってくれよ」

 ジャンジャックの声は全く聞こえていない。家への小道を、あれほど重いと思っていた荷物さえ羽のように抱えながら全速力で走り切った。

 そして昼は家の前でやっと止まった。

 何も変わっていない。変わるほどの長い時を離れていたわけではないのだからあたりまえなのだが、昼は隅から隅まで見回らずにはいられない。扉を開け、廊下を抜けて居間に突進する。静かな部屋の空気が、昼が開けた扉の風でふわりと揺れた。自分の部屋をたしかめ、他のふたりの部屋も扉からこっそりと覗き、もちろん誰もいなかったが、食糧貯蔵室まで戻ってから台所へ行く。

「あった、あった」

 心配していた葉野菜は、ちゃんと台所のテーブルの上にあった。少ししなびてきてはいたがまだ大丈夫だと思い、明日はこれを煮込んでしまおうと決めたら心が浮き立った。

「そうだ。そうそう」

 今度は裏口から飛び出した。

 昼が思っていたとおり、家の裏手にある花畑には丈高い花々がわさわさと咲いて、甘い香りを撒き散らしている。その横、あのおばあさんの花を植えられたらと思った一角だけ、猫に掘り返されたように地面が黒々としている。

 いきなり、昼はぷつっと何かが切れたように、つっぷしてうわんうわんと泣き出した。大きな声で、子供の時ですら、両親が死んだ時ですら、こんな声で泣いたことなど無かったけれど、ただただうわんうわんと泣いた。

 昼を探しながら恐縮しつつ家を抜けて裏庭に出てきたジャンジャックは、どうしたらいいのかと、またも立ち尽くして悩んだ。

 それでも泣いている女性をほっておくわけにはいかないのではないかと思い、昼の横に座るとそっとその背中を撫でようとし、だが触れることにも躊躇われて、結局昼が泣き終えるまで、じっとそのまま座って甘い花の香りに埋もれていることしかできなかった。

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