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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は招かれて

 老人はしきりに外へ出たがった。家に戻ってすぐは、おとなしく椅子に座ったままぶつぶつと呟きを繰り返すだけだった。だが少年が入れてくれたお茶を1杯飲み終えると、何度も立ち上がっては扉に向かった。その度に少年が手を取り、「こっちだよ」と椅子に座らせる。老人は毎回満足気な笑みを孫に見せるのだが、それも長くは続かない。

「いつもなの?」

 遠慮がちに尋ねた夜に、少年は「まあね」と頷いた。

 少年はアシという名前だと言った。この国の言葉で1番目という意味らしい。18歳というから少年というより、青年と言ってもいいのだが、見た目は少年という言葉がしっくりくる。

 アシはひとりで老人の、そして老人はモンという名前で全てのという意味らしい、世話をしているという。学校も行っていなければ、働いているわけでもない。それではどうやって生活しているのかと訝しく思ったことが、夜の顔に出たらしい。

「一応、親もいるんだよ。たまに帰ってきて必要な物を置いていくんだ。お金もね」

 どんな理由があるのかまでは、さすがに聞くことができなかった。

「どうせこの町にはろくな宿が無いから、今日は泊まっていってよ」

「でも」

「部屋ならあるよ。ええっと、僕なら心配いらない」

 その言葉がどういう意味を持つのか夜は迷った。自分の部屋はちゃんとあるからという意味か。誰が泊まっても気にしないから遠慮はいらないという意味か。それとも夜の身の安全の意味なのか。

「それじゃあ、お願いしようかな」

 それでもつい、夜がそう答えてしまったのは、泊めてあげる立場のアシのほうが切ない困った顔をしていたからで、そんなことにほだされているようではいけないのではないかと思わなくもなかった。思わなくもなかったが、いったん物事を決めてしまうとぐずぐず考えこむ性質ではない。

 朝ならともかく、夜は自分がこんなことを、知らない男の人の家に泊まるなんてことをするとは考えもしなかった。

 朝なら必要だと思えば躊躇いは無いだろう。昼は安心できると思わない限りは頷かないだろうし、そんな危険な事になるぐらいなら、どこまでも自力で解決しようとするだろう。三つ子の中で自分は1番安全な道を取りそうなのにと思って、夜はふふっと微笑んだ。

 アシは、その笑顔は自分に向けられたものと思い、微笑みを返した。切れ長の目は微笑むと三日月のような形になる。とてもきれいな三日月がふたつ、嬉しそうに夜を見ている。

「うん、ようこそ。えっと、それでどこへ行くところだったの?」

「え?」

「どこかへ行く途中なんでしょう? この町に用事があるの?」

 アシに言わせれば、「これほど何も無い所は無い」というこの町に。

「あの、学校でこの国の話を聞いたことがあったから、ちょっと来てみたいと思っていたの」

 口にした言葉に嘘は無いのに、夜はなんだか嘘をついたような居心地の悪さを感じた。

「じゃあ、首都まで行った方がよかったのに。そりゃあ、ここは小さな国だから列車乗っちゃえばすぐだけど。ああ、そっか。ここのほうが観光客がいないから楽かと思ったりしたの?」

「そういうわけじゃないけど。とりあえず列車が最初に止まる町にしようと思っていたから」

 アシは不思議そうな顔で夜を見つめた。自由なようで随分いい加減な決め方だ。

 ふらりと立ち上がったモン老人を椅子に座らせてから、アシは「もう少ししたら」と口を開いた。

「食事をしてベッドに入れば、じいちゃんもずっと落ち着くから」

「落ち着く?」

「うん。日が暮れたら外へは出て行かないんだ。怖いみたい。逆にベッドから動かなくなる」

「そうなんだ」

「うん。そしたらさ」

 アシは夜を見てふふっと笑った。

「じいちゃんが寝たらいい所に連れて行ってあげるよ」

 夜は軽く首を傾げた。ついさっき、これほど何も無い所は無いと言っていたのに。

「いい所、があるの?」

「うん。この町で唯一のいい所」

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