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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は町を出る

 町中の混乱はさっきよりも更に拍車がかかっていた。そのうえ朝と男は近すぎるぐらいの距離で歩いているから、時々お互いの足を踏みそうになったり、テンポが合わずにたたらを踏んだりする。

 それでも男は頓着せずにどんどん進んでいった。朝は置いていかれないよう、時折小走りになる。朝の荷物を積んだらくだだけが、やけに呑気なリズムで歩いている。

 急いでいるわりに男はすれ違う人に声をかけられると、3回に1回は立ち止まって小声で話をした。その度に朝は男の背中にぶつかりかけるが、決して頭を上げたりしない。顔を見られないということが、今の朝が1番気をつけなければならないことだと理解している。

 どちらにしても、尼僧の服を着ている朝を気にかける人は誰もいなかった。伝えたい事だけ、聞き出したい事だけのやりとりをして、そそくさとどこかへ立ち去っていく。1度だけ男の顔を覗き見た朝はその苦い顔つきで、事が切迫しているのをひしひしと感じた。

 騒めく町には男達しかいない。さっきまで買い物していた女達はどこへ行ったのだろうか。顔を隠しながらも笑いあい、おしゃべりをしていた女達の姦しい声は聞こえない。男達の怒声や張り詰めた声が行き交う荷車の音と混在し、町中をわんわんと唸らせている。

 らくだは素直に男に足並みを合わせている。男は時々朝を振り返り、ついてきていることを確認する。そして誰かと話をする度に、その足取りはどんどん速くなっていく。なんとかついていっているが、朝の息は切れてきている。

「……」

 ちょっと待って。

 そう言おうとしたのだが、声を出すのが躊躇われた。それでも大きく息を吐いたのが聞こえたのか、男はいきなり振り返ると、朝を抱えあげ、らくだの上へ持ちあげた。頭ふたつ分ぐらい朝より大きな男は、朝をらくだへ乗せるのも軽々だ。

「あ」

「しっかり捕まれ。落とされるなよ」

 朝は慌てて乗りやすいように脚を組むと、らくだの首に巻いてある太い手綱を握り締めた。男は「もう少しだから」と、呟いてから、通りかかった男を引き止めた。

 だが朝が息を整える暇も無いほど素早く話を終え、男はそそくさと歩き出した。

 人々は混乱し、あちこちで小競り合いも起こっているようだ。言葉はわからなくても険悪な雰囲気というのはわかる。言葉が関係無いからだ。

 男が朝をらくだに乗せたのは、朝が追いつけなくなりそうだということの他に、この混乱の最中にはぐれたり余計なことに巻き込まれることを心配したのではないかと思えた。それぐらい辺りには人が溢れている。この町にこれほどの人間がいたのかと、朝にはそのことも驚きだった。

 男はすでに走っている。らくだも、ぐおっぐおっと鼻を鳴らしながらついていく。朝は振り落とされないようにしがみついている。

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