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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は訪ねる

 少年は孫だと言い、無造作に老人の腕を摑んだまま、すたすたと歩いていく。ひょろひょろとか細い老人は、思いの外しっかりした足取りで孫の歩調に合わせてにこにこと歩いていく。杖は地面につくかつかないかのうちに先へと繰り出されているから、実は必要ないのかもしれない。

 迷惑をかけたから是非にと、少年は夜を家に招いてくれた。かえって迷惑ではないかと思ったし、この町に留まるのがいいのかと迷っていたのだが、招くというより懇願するような口調に、夜は根負けしてしまった。

 少年と老人に不審や恐れを感じなかったことも大きい。世間知らずで、無防備なきらいがあるのは三つ子の共通するところだ。普通の女性は見知らぬ男の家に泊まったりなどしないだろう。

「もうすぐだよ。ねえ、やっぱり荷物、持ってあげるよ」

 老人と似てほっそりとした少年は、背こそ夜より高いが、肩幅などは夜の方ががっしりしているように見える。それに夜は農業を生業としているからか、見た目よりずっと力持ちだ。

「大丈夫よ。そんなに重くないから」

「そう?」

 どれほど三つ子が嘘のように聞こえないと思っている夜の言葉でも、会ったばかりの少年には真実味が無かったらしい。疑わし気な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。それに、それこそ本当にすぐに彼らの家に着いてしまった。

 縦に細長い造りの家が、ずらりと並んで道を作っている。左右を家の壁で作られた道だ。家はどれもお揃いのようにそっくりだが、各々の各部分、例えば扉や窓枠や壁などがそれぞれ違う色に塗られていて、妙に華やかな感じもする。小さくても一戸一戸が独立して隣家と離れている三つ子の村では、商店が並んでいる通りでも建物が接して建っていることは無い。ここの前に訪れた町もゆったりとした造りが多かったから、これほどみっしりとした圧力は無かった。

 そしてこんなに家が立ち並んでいるのに、通りには誰もいない。

 少年はその中の1軒の前に立つと、重そうな鍵を取り出した。真っ白な扉の、ちょうど夜の目線の位置にプレートが貼ってある。

 322。

 扉の色こそ違うが、両隣にも同じような所に、きらきらと小さな板がついている。たぶん、どちらかが321なのだろう。

「入って」

 少年が辺りを眺めている夜を促した。

「あ、ありがとう」

「狭いけど、掃除はしているから」

 入ると小さな廊下があり、右手の扉を開けると居間とおぼしき部屋があった。飾り棚がふたつと丸いテーブルがひとつ。そして見事なぐらいにデザインも大きさも、向きまでばらばらの椅子が何脚も置いてある。

 老人は窓際近くの1人掛けの椅子に座り込むと、また何やらぶつぶつと呟きはじめた。

「どこにでも好きな所に座ってて。何か飲む物でも持ってくるから。なんでもいいよね。あ、お酒は無いけど。苦手なんだ」

「あ、手伝います」

 廊下の奥の扉の向こうにあるらしい台所を覗こうとして、「いいから」と追い出された。ちらりと見えた台所は居間よりも少しだけ雑然として見えたが、清潔で居心地もよさそうだ。

――あっちの方がいいなあ。

 だが初めて訪れた家で台所に居座るわけにもいかない。夜は老人の近く、でも視線からは外れたところにある木製の青い椅子に腰掛けた。

 窓は小さいが通りに面しているから光は申し分なく入ってくる。だが外を覗いても動くものは何ひとつない。夜は居心地の悪さにここへ来たことを後悔しながら、何と言ってここを辞去したものかと考えた。

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