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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は駅で

 駅舎を出ると、夜は辺りをぐるりと見回した。

 明るく晴れ上がった空に心地よい風が吹き、整えらた街中は清潔でゴミひとつ落ちていなければ、落書きも見当たらない。初めての土地に来るには素晴らしい出だしに思えるのに、夜は違和感を感じて、ぐるぐると辺りを見回し続けた。

「……誰もいない?」

 いないことはない。だが駅舎の中も外も、見回す限りの町中にも、ぽつんぽつんとまばらにしか人を見かけない。どの建物も古いが立派で観光地として賑わっていてもおかしくないように見える。それなのに人は少なく、見かける人の誰もが足早に通り過ぎていくだけのようだ。

 町中に足を踏み出すと、駅舎の前は四角い広場になっていて、中央にある花壇には今が盛りの花が咲き乱れている。広場の向こうに、長く連なった商店街らしきものの入り口が見えるが、ここからでは並んでいるだろう商店が開いているのか閉まっているのか判然としない。

 そのぐらい人通りというものが無い。この明るく寂しい町に立ったら、途方に暮れるしかないとでも言うようだ。

――場所を変えよう。

 夜は踵を返した。列車に乗って他の町に行こう。三つ子の村の小さな駅舎は古い上にあちこちに落書きがあるが、こんな寂しいことは無い。夜はここに長居をしたいと思えなかった。駅にはちゃんと駅員もいるし、売店もある。物はたくさんあるようなのに、やっと見かける人は誰もが見向きもせずに列車に乗るか、町を足早に歩いて行ってしまう。

 ご飯はパンを買って列車で食べればいい。とにかく1番早い列車を聞いてここを出よう。個室で乗り合わせた婦人が切符を買った駅名を告げた時に、「あら」と言ってしばらく考えた後、「私が行く町まで行かない?」と繰り返した。その理由が、なんとなくわかった気がして、夜は踵を返した。

 そうして早足で駅舎の手前まで戻った時、誰かが夜の腕を摑んだ。



「あの、言葉がわからないんです」

 夜は老人の手を振りほどこうとしてみたが、骨と皮ばかりのように見える腕の力は意外に強くてほどけない。困って辺りを見回してみても誰もいない。通りがかった人がいても、見えていないかのように通り過ぎていってしまう。

「あの、だから、何を言っているのかわからないんです。誰か他の人に聞いていただけませんか」

 老人は杖に体を預け、夜の言うことにうんうんと頷くと、またひとしきり自分の言い分を大きな身振りで話し出す。杖を握っている腕を振り回すものだから危なくて仕方がない。

 それに杖を振り回している時、体重を夜に預けようとする。夜は自分と荷物だけで精一杯なのに、いくら夜よりも小柄な老人とはいえ、男ひとりの体重を支えられるはずもない。

 ぐらぐらしてよろけると、老人はまるで責めるように目を細めてから、動かしていた杖に体重を戻す。その時にしか言葉が止まらないので、ここぞとばかりに話しかけてみるのだが、通じているのかいないのか、老人はまたもやうんうんと頷いた後に杖を振り回す。

「もう、誰かいないの?」

 こんなに開けた見通しのいい広場の、どこにこの老人はいたのだろうか。夜はちっとも気がつかなかったし、気がつく前に近づいてきていた老人は夜の腕をいきなり摑むと、大きな声でまくしたてはじめたのだ。

 言葉が変わる事とは、これほど理解し合えない事だとは思わなかった。老人の言葉はこの周辺の国々の共通語では無い。この国の元々の言葉なのだろう。夜の住む国の言葉とはまるっきり違う。両親が時折話していた祖国の言葉とも違っているようだ。もっとも夜は両親の国の言葉は挨拶程度しかわからないが。

 どれだけ耳を澄ませて聞いても、何を言っているのかさっぱりわからない。道を聞かれているのかとも思ったが違うようだし、客引きのようでもない。観光客を見つけては金をねだる人々がいると聞いたことがあるが、どうやらそんなわけでもないようだ。なにかをしきりに訴えているようでもあり、ただ延々と愚痴を言っているだけのようでもある。

 どちらにしても言葉がわからなくてはどうしようもない。

「わからないんです。ごめんなさい。何を言っているのか、全然わからないの」

 とにかく腕をはなしてもらおうとしている時に、背後から肩を叩かれた。

「ごめんね」

――誰?

 振り向くと、夜より頭ひとつ程背の高い少年が、申し訳なさそうな笑顔で立っている。

「迷惑かけたみたいだね、ごめん」

 その先の少年の言葉はこの国の言葉になったから、何を言っているのか夜には理解できなかった。

 だが老人は安心したかのように大きな笑顔を浮かべ、ようやく夜の腕を解放すると、ゆらゆらと揺れながら、伸ばされた少年の手を握り締めた。

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