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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は馬車に乗る

 ジャンジャックは、昼がどれほど大丈夫だと言っても、ついていくと言って聞かなかった。

「今度は馬車に轢かれているんじゃないかって、いらいらしながら心配しているよりずっといい」

 そう言われると、昼には返す言葉が無い。

「こいつのことは信用してくれていいから」

 息子への牽制を兼ねた言葉を、ジャンジャックの父親、ジャンジャック・シニアは繰り返し、昼を安心させようとした。とうとう昼は肩の力を抜いて微笑み、「お願いします」と頭を下げた。

 町長は家への帰り方を教えてくれ、どれほど断っても封筒に入れたお金を受け取らせようとし、なにも心配はいらないと言った。

 馬車に乗り込むと、ジャンジャックは「ちょっと窮屈だけど我慢して」と言って、横に座った。

 確かに乗り合い馬車は大型といってもそれほど広くなく、ジャンジャックの体格では座りにくいことこのうえないだろうが、昼自身は窓とジャンジャックに挟まれてできた空間にすっぽりと収まることで、かえって具合よく座ることができた。

 窓の向こうでは、町長と医者と看護士と町の人達が手を振っている。昼が手を振り返すと、皆の笑顔が大きくなった。

 馬車が勢いよく走り出した時、昼がそっと返したつもりのお金はいつのまにか上着のポケットに戻っていて、気づいて慌てて振り返ってみても既に遅かった。みるみる遠くなる人々が消えないうちに、馬車は道を曲がった。

「受け取っておいて。気持ちだから」

 横で体を強張らせながら座っているジャンジャックがそっと言った。昼は頷くと、鞄の奥の大事な物をしまっておく小さなポケットへ滑り込ませた。

 鞄の中にはお弁当と、保温瓶には淹れたてのコーヒーが入っている。家を出てきた時とまるっきり同じなのに、状況がまるで違う。なんだかおかしくて少し笑ってしまった。

――本当に、私はなにをやっているのかしら。

 ジャンジャックが昼の笑顔を見て、やっぱりきれいだなと思ったことには気がつかなかった。

 村まで馬車で帰るとかなりの時間がかかる。途中で2度も乗り換えなくてはいけない。船に乗った方が早くて便利なことはわかっていたが、昼は再び船に乗る気にはなれなかったし、皆の心配顔が大きくなったので仕方がない。川を遡る道筋の列車は無い。

 ジャンジャックはもちろん、たくさんの人に心配をかけ、親切にしてもらったのに感謝も十分にできないまま家へと向かっていることに、昼にはいたたまれない気持ちがある。

 いたたまれなくて、申し訳なさがいっぱいで、それなのに早く帰りたいという焦燥感の方がずっと強い。どんな気持ちよりも強い。

 馬が道を蹴り、車輪が回転するたびに昼を家へと近づける。胸を急かす衝動にかられ、窓から顔を出して前を見たいと思ったのだが、窓を開けようとした昼をジャンジャックが強硬に止めたので、断念せざるを得なかった。

「お願いだから、危ないことはやめてくれよ」

 危ないことは何も無いと言っても、これまでの行動では真実味が無いことはわかったので昼は黙って椅子に座り直した。

 それでも体が自然と前へ傾く。時々、ジャンジャックがそっと引き戻してくれる。

 前へ。前へ。家へ。家へ。

 早く帰りたい。早く畑を見たい。早く家へ帰りたい。

 小さな四角い家へ。三つ子の小さな家へ。

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