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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は町の中で

 小さなランプが照らせる範囲は広くは無いが、部屋自体もそれほど広くない。

 ランプが乗っている低い棚の正面こちらも小さな丸いテーブル、そこにに椅子が何脚か。壁を2面埋めるように使って棚を誂えてある。商品を並べるためのようでもあるが、何かを売っているのだとしても、物は置かれていない。

――そういえば、お店とは言ってなかったわね。 

 朝は手近の椅子に腰を下ろした。戸外の音はよく聞こえる。荷馬車の音、人々の話し声。朝にはわからない言葉だが、時折、広く共通語として使われている言葉が出てくる。朝も使う商売の言葉だ。

 三つ子の畑の野菜の売買の交渉事は朝か夜がやる。村まで売りに行くのはたいてい朝で、来て貰った買い付け人と交渉するのは夜が多い。昼はそっと飲み物を出したりする程度で、人と話をすることは少ない。それでも村の誰もが3人の区別がつかないというのもおかしな話だ。

 そういえば、たまに朝は夜をきれいだと思うことがある。同じ顔なのに、自分をそう思うことは無いのに、夜はきれいに思えるから不思議だ。昼はどちらかと言えば可愛らしい感じだ。もしかしたら夜なら誰かに美人と言われることがあったかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えていた時、窓の向こう側でパタパタと軽い足音がしてすぐ、道に面した、朝達が入ってきた扉がバタンッと音をたてて開いた。

「ああ、やだ、風が強いったらもう。あら、ごめんなさい、驚いたでしょう」

 頭からすっぽりと黒い布を被った小柄な人は、見も知らない朝を見てもそれこそ驚きもせずに、「ねえ」と同意を求めてきた。

「あ、ええ、あの、ここはいつも風が強いんですか」

 返事をする朝も朝だろう。おそらく、三つ子の中では1番肝が据わっている。

「そうよ。砂漠の中だから仕方がないんだけどね。いつでも風が強いの。この町は初めて?」

 頭を覆っていた被り物を取ると、ふくよかな中年の女性が現れた。薄い布でくるりと縁取られている顔は、毎日布で覆われている筈なのに日に焼けていて、ここへ連れてきた男と同じ、淡い金の混じった茶色の瞳を持っている。

「はい、初めてです」

 またも不躾に見つめそうになるのを、立ち上がり、慌ててお辞儀をすることで逃れた。

「あ、勝手にお邪魔していてすいません」

「いいのよ、いつものことなの。どうせあの子が連れてきたんでしょう。修行中だから仕方がないのよ。そういうものなの。それにこんなに可愛いお客様なら大歓迎だわ」

「修行中だから」

「あら、知らなかった?」

「いえ。修行中だから名前が無いとは聞きました。あの、でも私、修行がどういうものかよく知らなくて」

 婦人はころころと笑った。体と同じにふっくらとした笑い方だ。釣られて朝も笑顔になる。

「私もよくは知らないの。あの子が寺院に入って修行するなんて言い出さなければ、一生知らなくてすんだのにね」

 そう言って笑いあっていた時、奥の扉から男が戻ってきた。

「なんだ、出かけていたのか」

「なんだなんて。久しぶりに戻ったと思ったらそんな口をきいて。こんな可愛い娘さんにもきついことを言っているんじゃないでしょうね」

 きついどころではない、罵倒されていると言ってやりたい気もしたが、どうやら母親らしい人にそんなことを言うわけにはいかない。

「そんなことはない」

 それでも男がそう言った時、朝は少しばかり目を剥いて睨んでしまったのだが。

「いいえ、そんなわけ無いでしょうよ。口の悪さはお父さんそっくりなんだから。それで、今日はどうしたの? ちょっと休みに来たの? おいしいお菓子があるから、まずお茶を入れましょうね。早めに食事にするから、それまでの間に合わせにね」

 あとの半分は朝に向けて言っている。朝は「いえ、そんな」以外になんとも言えなかった。男がどうしてここに連れてきたかもわからないままなのだ。

「いや、買い物をしたいと言うんだが、目立って仕方が無いから、困って連れて来ただけなんだ」

「ああ、きれいですものねえ。気にしないでどこへでも案内してあげられればいいんだろうけど。今は我慢してもらうしかないし」

――いいえ、お母さんの方がおきれいです。

 並んで比べれば、男と女性はよく似ている。目の形、鼻の線、口元から除く歯並びまで本当にきれいだと思ったが、朝はそれよりも、「今は我慢しなければならない」という言葉の方が気になった。

「今はっていうことは、前は大丈夫だったんですか」

 婦人は男をちらっと見てから、「かまわないわね」と話し出した。

「前は観光客も多かったのよ。砂漠の中の町なんて、珍しいんでしょうね。周りが砂漠なのに水には不自由しないし、立派な寺院もあるし。砂漠を案内して、オアシスを見て帰ってきたりなんて商売もあったの。でもね、何年も前から情勢が不安定になってきて、自然に観光客も減ってしまって。そうなるとほら、他所から来た人はどうしても目立つでしょう」

「他所から来たのがわかるといけないことでもあるんですか」

 それには男が答えた。

「目立つものは不審がられる。痛くも無い腹を探られたくはないだろう」

 端的すぎて意味がわからない。婦人は「またそんな言い方をして」とため息をついた。

「ごめんなさい。どうやら育て方を間違えたようなのよ」

 その先を続けようと、「実はね」と言い出した時、さっきよりも大きな音で扉が開けられた。

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