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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は町へ出る

「こんな格好で買い物なんてできない。他の人はどうしているのよ。女の人は皆こうやって買い物しているの? 不便じゃないの? 何にも見えないじゃない」

 地団駄を踏みたくなるぐらいにいらいらして、朝は前を歩く男に文句を言った。

「うるさい。声を顰めろ。だいたい、お前の顔は目立ちすぎるから仕方がない。この国の人間はもっと地味な顔をしているんだ。美人に生まれたんだから、多少のことは我慢しろ」

 朝はびっくりして文句を言うのを止めてしまった。

 自分の顔が目立つと考えたことなど1度も無い。それは、3つも同じ顔があれば目立つ。だから3人で歩いていれば目立つし、注目を浴びることもある。それでもそれは、3人揃っての話だ。ひとりで歩いている時に目立つと感じたことなど無かった。だがそういえば、この町に入る時にも、男は朝の顔は目立つと言っていた。

 しかし美人と言われたことなど、それこそ生まれてから1度も無い。忘れるほど長生きしているわけでもない。この見事なぐらいにきれいな顔の男に言われると、いっそ嫌味かとも思うが、嫌味では無いらしい。そんな感じはしない。夜ほどではないが、この男の言葉にはどれも真実味がある。

 男は町のほとんどの人間と顔見知りではないかと思うぐらい、頻繁に挨拶を交わしながら歩いていく。「ああ」とか、「そのうち」とか、簡単な返事しかしないが、朝にかける言葉よりよほど柔らかな響きがする。

 だがそんな挨拶が途切れたところで朝にかけてきた言葉は、朝以上にいらいらとしていた。

「とにかくその布は絶対に取るんじゃない。欲しい物を言ってくれれば俺が探す」

 朝はなるだけ顔を下に向けながら、ぐるりと顔を縁取る布を鼻の下ぐらいにまで片手で持ち上げ、もう片方の手は頭の上からさらに被せている布をしっかりと押さえるという不自然きわまりない格好で、周囲に並ぶ店の中を見ようと苦戦している。もちろん、そんな恰好で見ることができる範囲はかなり狭い。品物などまず見えない。どんな物があるかわからなければ、欲しいと思う物などわかるわけがない。

 初めての国だから、町の様子が見てみたい。ついでに買い物もしたいと言ったのは、犯罪者のように顔を隠して手を引かれるようにして歩くという意味ではなかったのだ。

「……言ってくれればって言ったって」

 男もさすがに無理なことを言ったと思ったのか、「仕方がないか」とひとりで頷き、「こっちだ」と言って腕を引きながら、1軒の家へと朝を連れて行った。

「よし、布を取っていいぞ。ああ、薄暗くて見えないな」

 その家は、窓がすべて閉ざされているらしく、入った扉を閉めると光源が無くなり、薄暗いのではなくて、暗い。

「見えないどころじゃない」

 呟く朝をしりめにごそごそ動いていた男の影が、いきなり朝の前にふわっと浮かんだ。手に小さなランプを持っている。

「ちょっと待っていろ」

 男はランプを手近な棚に置くと、奥にある扉に手をかけ「心配しなくてもすぐ戻る」と言った。

 真っ暗な家に連れ込まれた時点で心配するべきなのかもしれないが、朝はこの男に関しては、心配をする必要を感じなかった。だが開いた扉の向う側も暗かったので、男の方が大丈夫だろうかと心配になった。

「待っているから、持っていったら」とランプに手を伸ばした朝に、男はひらりと手を動かしただけで出て行った。

 そしてひとり残された朝は、やっと外した布を抱えながら、ぐるりと小さな室内を見回した。

「……まあ」

――なんにもないわ。


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