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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は診療所で気持ちに気がつき、夜は再び列車に乗り込む。

 昼が眠りから目を覚ました時、すでに診療所の看護士が傍らの椅子に腰かけ、なにか細かな道具を熱心に磨いていた。音はたてずに、静かに銀色に光る道具を丁寧に磨く様子に、昼は心を落ち着かせるものを感じた。

「あ、起きた?」

 昼の身じろぎに気が付いた看護士はにこりと笑うと、「ご飯、食べられそう? 持ってくるね」と返事も聞かずに部屋を出て行った。

 持ってきてくれた食事を昼が食べ終えた後、医師の診察を受け、町長と船長から話を聞かれた。昼の体に悪いところが無いとわかったことと、自殺を図ったわけではないことなどの確認をとると、ほっとしたように、ふたりは顔を見合わせて大きな笑みを浮かべた。

 船長は太鼓腹を揺すりながら椅子の背にもたれ、長く息をつき、てらてら光る額を何度も擦った。

「なんともなくてよかった。船の事は何も気にしなくていいからね。全て順調、順調」

 町長も似たような体を前後に揺らして頷いている。

「さ、もう君は行きたい所に行ってかまわないよ。ただあいつがどうしても送りたいというからね」

 もちろんそれはジャンジャックのことで、今も部屋の外で昼のことを心配している。

「行きたい所への手配はしてあげるから、それを教えてくれると助かるんだがね。そうしたら、あいつもどこまで送ればいいかわかることだしね」

 昼の行きたい場所を聞くと、町長は「さっそく手配をして来るよ」と言って、船長と一緒に部屋を出ていった。

 昼はどれだけの人に感謝と謝罪をしなければいけないかと思い、申し訳なさと有り難さで胸が潰れるようだった。実際、込み上げてきた涙もなかなか止まらない。

 しかしそれでも。昼の心は既に家に向かっていた。家に帰れる。もう帰っていいのだ。

――まったく、なんて馬鹿なことをしたんだろう。

 あの家を出るなんて。




 列車に乗るのは、初めての時よりも上手くいかなかった。

 降り立った時に駅舎の外へ出るのは人の流れに乗ればいいだけで比較的簡単だったのに、入るとなると、この怒涛のような人の波を押し分けなければならないのだ。そのうえ路線が多くて、どれに乗り込んだらいいのかわからない。初めて列車に乗った駅では、右へ行くか左へ行くかのどちらかしかなかった。この駅の路線図には、ここから出る電車は上にも下にも斜めにも行くと書いてある。

 さあさあ、どこにでも連れていきますよ。

 右か左かだけでも大変だったのに、それがぐるりと円の広がりとなっては手に負えない。

 こんなに速い時間から速足で行き交う人々に目を回しながら、夜は宿の人達がこぞって「心配だからついていく」と言っていたわけがやっとわかった。

――素直にお願いすればよかったわ。

 後悔したところで仕方がない。夜は目的と決めた国へ向かう路線をなんとか見つけると、その国の最初の町までの切符を買い、存外安いことに驚いた。思っていたよりもずっと近い国だったのだ。

 切符を売ってくれた駅員はその路線の次の列車がじきに出ると言っていたが、夜は歩調を速めることなく、ホームを確実に見つけることに専念した。焦って混乱するとよくないだろうぐらいの分別はあるのだ。なんとかホームを見つけると、近くの駅員に細々と尋ね、予定より1本遅い列車に乗り込むことに成功した。近いだけでなく、これほど頻繁に列車が出ているということも知らなかった。なにもかも知らないことだらけだ。

 親切な駅員が荷物まで運んでくれた6人掛けの個室は、どうにか扉に近い席がひとつだけ空いていた。乗り合わせた人達に軽く会釈をした後、不自由はないか、他にして欲しいことはないかと何度も聞いてくる駅員に礼を言って座り込む。名残惜しげな駅員が姿を消すと、隣から身だしなみのいい中年の女性が声をかけてきた。

「どちらまで行かれるの?」

 言葉が聞き取りづらい。発音が違うのだ。夜はゆっくりと目的の国の名を告げた。

「まあ、ならご一緒しましょ」

 女性の柔らかな笑顔に、夜は少しだけ安心して微笑みを返した。

 

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