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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は寺院で次の日を迎える

 早起きは苦手ではない。むしろいつまでも寝ている方が苦痛なぐらいだ。三つ子が持っている畑は広くて、3人でも手が足りているとは言い難い。それでもそれを苦だと思ったことは、朝には1度も無かった。

 だがこの日、まだ太陽が昇る前に柔らかく、けれど執拗に揺り起こされた時には、あまりに体が重いので、朝は生まれて初めて、このまま眠っていたいと強く思った。それだけ砂漠を渡ることは疲れる事なのだ。

 しかし起こしに来た尼僧の言葉は、なかなか体を起こさない朝に対して容赦が無かった。

「お客様ですから眠っておられてもかまわないのですが、お祈りは食事前に済まさなければなりません。お祈りをしなければ食事は出してもらえませんし、食事が取れる時間はそれほど長くは設けられていないものですから、食事がしたければそろそろ起きられた方がよろしいと思うのですが」

 そっと朝の体を揺り動かし続ける手と、今すぐ起きなければ食事ができないという事実が、なんとか朝を目覚めさせた。

「起きられましたか」

 朝の村には尼僧がいなかった。だからそんな感じではないかと思っていただけだが、果たして目の前にいる尼僧は朝の想像していたように、清楚で頑固で慈悲深い顔をしている。濃い灰色の頭巾を被り、頭巾を縁取りにして顔だけがくるりと出ている。ぽっちゃりと丸く色白で、なんと目が青い。朝は目が青い人を見たことが無かった。移民の多い国なのに、村はそれだけ小さい。

 だからというわけではないが、体を起こしながら挨拶しようと開きかけた口はぽかんとした形で固まっている。

「おはようございます」

 尼僧はこんな風に凝視されることに慣れているのだろうか。朝の視線などものともせず、丁寧に辞儀をした。

「あ、お、おはようございます」

「まだお疲れのことと思いますが、ここではある程度規則に沿って生活していただかなくてはならないものですから。不自由でしょうが我慢してください」

 尼僧はぽちゃぽちゃした手を朝に差し出した。体に痛みがあるわけでも、ベッドが高すぎるわけでもないのだが、その自然な仕草に、朝はなんの不思議も抱かずに手を借りて立ち上がった。

「顔を洗う場所は向かいの扉です。昨日お使いになられましたか?」

「あ、はい。わかります」

「身支度を整えられましたら、洗面等をお済ませください。そしてベッドは寝る前の状態に戻していただきたく思います。誰が入るということはございませんが、節度ある暮らしがこの院の規則でございますので。服装はなるべく色や形の地味な物でお願いいたします。どうぞ、被り物をお忘れなく。用意ができましたら、部屋を出て右へお進みいただいて、左側、5番目の扉の向こうに廊下がございます。次に右から3番目の扉を入っていただくとお祈りの場がございますから。お祈りを済ませていただきましたら、身近な者に声をおかけください。食堂へご案内さしあげます。それでは」

 流れるように言い終えると、尼僧は足音をたてることなく部屋から出て行った。

 朝は身支度を整え、教えられたように右に曲がり、左側の扉を開け、右側3番目の扉を開けると存外広い部屋に出た。

 祭壇では香が焚かれている。うっすらと見える白い煙が高い天井に向かって、揺らぎもせずに伸びている。小さなクッションが何列も並んでいるそこで、僧侶達が祭壇に向かって祈りを捧げていた。

 僧侶は片足を立てて座り、頭を低く下げている。そして皆、左側に細い剣のような物を置いていて、ここは寺院の筈なのにと、朝はその地味な鞘に包まれた物に違和感を覚えた。

 尼僧は少ない。かろうじてふたり、部屋の隅で祈っている。両膝立ちで頭を垂れているし、頭巾の上からも薄い布を顔の全面まで覆うようにかけているので、顔はわからない。それでも尼僧には違いないだろうと、朝はそっと近づくと、同じように膝をついて頭を下げた。祈りの聖句もきちんと覚えていないけれど、昨日言われたとおり、とりあえずこうしていれば食事はできそうだ。

――お腹も空いたし。

 昨日の食事から考えても食べ物はとても口あうと思った時、お腹が同意を示したので、誰にも見られていないとはいえ、朝の顔は赤く染まった。



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